2016年のノーベル文学賞はボブ・ディランの受賞で大きな注目を集めているが、日本人で初めてノーベル文学賞を受賞し、いまなお世界から尊敬を集める文豪といえば、川端康成。

今回は、数多くの優れた作品のなかでも、不朽の名作とされている『古都』が現代版として新たに蘇ることとなった。

すでに2度にわたって映画化もされているが、それらと大きく異なるのは原作のその後が京都とパリを舞台に描かれていること。

さらに、伝統に身を捧げる双子の姉妹を松雪泰子さんが一人二役で演じていることも話題となっているが、同じくこの傑作に立ち向かったのは、ハリウッドで映画作りを8年間学んだというYuki Saito監督。

ハリウッドでは、人気ドラマ『24 -TWENTY FOUR-』のプロデューサーに師事していたという。「日本に帰ったら誇りを持って『I'm from Hollywood』と言うべきだ」と師匠からいわれ、その約束とアメリカでゼロから学んできたんだというプライドが「Yuki Saito」というクレジット表記に込められているという。

自分にしかない視点で新しいものを生み出したかった

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「これまでとは違う切り口でもう一度『古都』を作りたい」という製作陣にとって、Yuki監督のような外からの目線は必須。

そして、監督にとっても、日本の文化と向き合うことこそがアメリカから帰国した理由であり、映画監督としての課題でもあっただけに、それぞれの思いがこの作品でひとつになったのは、どこか運命的なものさえ感じてしまう。

「僕はハリウッド映画で育ったので、とにかくアメリカに憧れていたんです。でも、師匠からは『アメリカ人になろうとしても君は日本人だから、そのアイデンティティやルーツの目を監督として持ってないとハリウッドでは成功しない』と言われました。

実際、ハリウッドで活躍している外国の監督は、母国でしっかりと培った上で大衆映画を世界に向けて撮っているのが現状。僕にはそこが欠けていたので、帰ってきてからはとにかくなんでも興味を持ちました」

日本ではキャリアを積まず、高校を卒業してすぐに渡米するという選択した監督だが、憧れだけで行ってしまった分、地に足がついていない状態が続き、夢を抱いて海を越えたけれど、現実に打ちのめされてしまうことに。

「ハリウッドに行くからには映画監督になれると思っていましたが、世界中から映画監督になりたい人が集まっていて、ライバルたちとしのぎを削る競争の日々。でも、やっぱり言葉や文化の壁というのがあって、『撮りたい!』とほかの生徒たちのようには手を挙げられない。最初は英語ができないことを言い訳にしていましたが、撮りたいけど撮れない状況がずっと続くうちに何をしていいのかわからなくなっていました」

そんなとき、さらなるどん底に突き落とされるような致命的な出来事が起き、それが監督の意識を変える"人生の分岐点"になったという。

「何もできないまま4年も経ってしまったとき、短編映画を撮れるチャンスがついに巡ってきたんです。でも、ようやく僕の番が回ってきたときに限って、撮影日とバスケットボールの重要な試合の日がかぶってしまい、手伝うと約束していた友達全員がドタキャン。なんとスタッフ1人と役者しか来なかったんです(笑)。

結局、すべて自分でやらないといけなくなり、ボロボロの作品になってしまいました。そんな経験を1本目にして、とにかく落ち込んで荒れたんですけど、そのときに僕のなかでプツンって何かが切れて、『一回死んだことにしよう』って思ったんです」

すると、生まれ変わった監督はその翌日に驚くべき行動力を発揮。それこそがのちの人生を大きく左右する出来事へと繋がっていく。

まず、「自分と同じような思いをしている日本人がロス中にいるのではないか」と感じ、「日本人で一緒に映画を作ろう」と自分の連絡先を書いたビラをロス中のフィルムスクールの掲示板に貼るというものだった。

ひとつアクションを起こせば、リアクションは必ず起きる

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「なんと予感が的中して、次から次へと日本人が集まってきたんです。まさに僕と同じ状態で、意識高くアメリカに渡ったけど、壁に当たって進めないで悩んでいる人たち。すぐに彼らとサークルを作って、短編映画を撮ったんですが、それがさまざまなフェスティバルで賞をいただくことになりました。

そのときに気づいたのは、語学やアメリカのせいにして動いてなかっただけだったと。だから、どんなに辛いことがあっても、とにかくワントライはするという精神に変わっていきました。それまでは、自分が勝負してないだけだったんだなって。かなりの挫折でしたけど、あの体験がなかったら、いまの自分はいないと思います」

辛い経験も笑い話として話せるのは、それを成功へのきっかけに変えることができたからこそ。失敗をそのままにするのか、それとも次のステージへ上がるための糧とするのかは本人次第だと感じさせる。では、そんな海外での経験がいまのキャリアにおいて役に立っていると思う瞬間は?

「日本人である意識や古典、日本の美点や文化に向き合った今回の作品を撮ったということがまさにそうですが、もし日本にずっといたとしたら、興味を持たなかったかもしれません。でも、世界の人はこういう日本の文化に興味あるんだということは海外に行ったからこそ得た視野。

あと、アメリカでは壁になってた英語が、帰ってきた途端に武器になりました。日本での最初の仕事が『バベル』という作品で、演出の通訳を担当しましたが、ハリウッド帰りでなければ絶対に来なかった仕事。アメリカにいたときは、ビザの関係とかでハリウッド映画には入り込めなかったですけど、日本に帰ってからのほうがハリウッドに近くなった感じですね」

その後も日本では、偉大な監督たちの現場を次々と経験。そんな彼らの背中を見ながら、みずからのスタイルを確立していったことが伺える。しかし、常に自己表現が求められるアメリカで過ごしたあと、主張を抑え込もうとする日本の社会では逆カルチャーショック状態に陥ってしまったという。

そんなとき、Yuki監督を立ち直らせてくれた映画が『フラガール』。そのときから、「いつか一緒に仕事をしたい女優は松雪さん」と心に決めていたそうだが、今回の主人公の設定を考える過程で松雪さんが思い浮かび、ラブレターを書いてアプローチしたという。

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「松雪さんは本当にストイックで、男気のあるちゃきちゃきした方。憧れの女優さんだったので、最初は緊張していたんですけど、『監督の手紙を読んで、一緒にやりたいと思いました。監督のビジョンに合う主人公になるために来たので、何か言いたいことがあったら言ってくださいね』と声をかけてくれたんです。

だから、アメリカで学んできた"いいたいことを言う精神"を持って、ズバッと言い合うようにしました。そういうディスカッションをクランクインする前にできたことで、信頼関係を持って現場に臨めたかなと思います」

さらに、「今回のキャスティングはすべてイメージ通りだった」と絶対の自信を覗かせる。まるでパズルのピースがぴったりはまるかのように、それぞれの役者がスクリーンに存在していると感じるはず。

そして、そんな俳優陣に負けず劣らずの魅力を本作で見せているものといえば、京都の美しい姿。日本人としての血が騒ぐような景色を圧巻の映像美で切り取った監督だが、京都で一番思い入れのある場所を教えてくれた。

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「岩屋山志明院です。鴨川の源流の一滴目が流れていて、神として祀られていますが、あの一滴から川が流れ、それらが集まっていって、京都という街ができあがる。ドローンで鴨川の下流までいって、京都全体を俯瞰で見るというシーンは、原作には出てきませんが、山間の京都を巡っていたときに、川端文学の神妙な思いや精神を感じたので、絶対ここは映画のなかに入れようと思って撮りました」

京都と並び、世界有数の古都であるパリの景色にも監督のこだわりが詰まっており、見逃せないところ。そんな多くの人の手によって守られてきた歴史の重みが心にも響くが、監督が伝えたい思いとは?

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「伝統や家族、近所との付き合いというは、そのなかにいるとなかなか気がつかないのですが、いま自分がいるところを大事にしてもらいたい。あとは、歴史の深さや伝統の美学、日本人としての精神や相手を立てる思いやりも忘れないこと。日本もどんどん個が強くなっていますが、和の精神と調和の心を大切にして欲しいという思いを込めて、"和"の気持ちを繋いでいきたいと思います」

海外でも日本でも、あらゆる思いを経験してきた監督だからこそ、仕事において常に大事にしている言葉があるという。それは、これからさらなるキャリアアップを目指している人なら、誰にとっても見習いたい心がけ。

「座右の銘は、勇言実行。僕の名前が勇貴なので、そこから取って『勇気を持って発言したことは必ず実行する』という意味です。実現するかどうかはやってみないとわからないけれど、実行だけは絶対にするようにしています。

以前、京都で短編を撮影したときに、打ち上げの席で『長編を撮りに京都に帰ってきます』と宣言しましたが、本作で実現することができました。そういう風に言葉にすることによって、ある種のプレッシャーをかけるというのも必要かもしれません」

着物や茶道、華道など日本文化の持つ素晴らしさと伝統を次へと繋いでいくことの大切さを改めて感じさせてくれる珠玉の一本。美しい古都が織りなす荘厳な世界のなかで、日本人であることの誇りと感動に浸ってみては?

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古都

2016年11月26日(土)京都先行、12月3日(土)全国公開

原作:川端康成

監督:Yuki Saito

出演:松雪泰子、橋本愛、成海璃子/伊原剛志、奥田瑛二ほか

配給:DLE

©公益財団法人川端康成記念會/古都プロジェクト

撮影/柳原久子