翌朝、車が雪の中を必死で発車しようとしているエンジンの音で目が覚め、私は42歳になっていた。

トランプ大統領が私にわけのわからないことを怒鳴っていて、どうしたらこの人落ち着いてくれるんだろう、とおたおたしていたら、私に怒ってるんじゃなくて、ただ聴衆に喋ってるんだ、という夢を見ていたところだった。

NYで迎えるはじめての誕生日、はじめての朝。

こんなにも家から遠い場所だけど、やさしくてあったかい気分。

真っ白な高い天井を広いベッドの中から見あげながら、グレゴール・ザムザはある朝起きたら、巨大な毒虫に変身していた、という一節を思い出した。人の見た目は現実はひと晩で変わるわけじゃなく、自分の意思に関係なくゆっくり、ゆっくりと変身していくのだから、そっちの方がよっぽど怖いことを、カフカは知っていたのかな。

昨日、行き場所がなくて途方にくれていたら、カフェで声をかけてくれた日本人店員の愛莉さんとオーナーのジュディスさんに泊めてもらえることになった私は、本当についてる。

"I'm so lucky!"と私はつぶやいて、ガバッと起きた。

扉を開けてリビングに行くと、ジュディスがにらみつけるような顔でニュースを見ていた。さっきの夢と同じように、トランプ大統領がわーわーと身振り手振りおおげさに何かを力説している。テレビからはAmerica! America! という言葉ばかりが耳に入って来る。こんなに耳障りな声の人ってそういない。

"Good morning!" と小声で言うと、ジュディスはハッとして、

"Good morning! Did you sleep well?"

綺麗に並んだパールのような歯を見せて微笑む。

"I did. Thank you!"

私も、自然と笑顔になる。

"God. He's such an embarrassment to our country. I cannot believe he's our president".

とジュディスはテレビに向かって首を振った。

そうよね、たった一人の人がこんなにも世界を騒がせるなんて、すごいよね、でもある意味、一人の人ができることの力の可能性を見せてくれてるような気がする、ってどうやって言うんだろう?

「あ、おはよーございまーす。よく寝れました?」と、愛莉さんがすこし急いだ様子で入って来た。

「はい、おかげさまで! お出かけですか?」

「そ〜、10時半からレッスンで。あ〜やばいおなか減った。なんか食べなきゃ」と、キッチンの戸棚をバタンバタンと開けては閉める。

「レッスンて、なんのですか? 英語?」

「ん〜? そこの。ジュリアード。バレエ」

「ええ、ジュリアードって、すごい名門ですよね。すごいですね!」

「すごいっていうより、大変かなぁ。Hey, did you get any more granola, Judith?」

"Ah, shoot I forgot. I'll make sure to get some today. Here, take this banana with you. And I poured some coffee for ya!"

 "Aw, thanks. I should go now. じゃ、そろそろ行きますね!ごゆっくり"

と、愛莉さんはタンブラーとバナナを受け取り、長くて華奢な腕でジュディスの肩を包み込んでチュッと唇にキスをした。

"Love you"

"Love you too. Have a beautiful day"

ジュディスがそう答えると、愛莉さんはトトト〜っと無駄に姿勢良く軽やかな足取りで、出て行ってしまった。バレリーナ。バレリーナって響き自体がかわいい言葉。

"Be careful! Don't slip!" とジュディスさんは母親が娘を送リ出すように、叫んだ。

"I won't!" と玄関から声が返ってきた。

だから2人は同じ部屋で寝ているんだね。不思議だなぁ、って思ったんだ。こっちまでドキドキして、いけないことを想像してしまう。

"So Megumi, are you hungry?"

頭の中を見られたかと思って私はハッとした。

"Yes I'm starving".

お腹ぺこぺこって、こうやって言うって、なんか前に習ったな。

"Do you have any big plans today?"

"Actually, no".

"Well, do you wanna grab some breakfast somewhere? It's my day off today. Though this weather is not perfect".

"Sure! Let's do that. Thank you!"

そして私は簡単にメイクをして支度を急いで済ませて、ジュディスと一緒に玄関の扉を開けた。

"Sweet Jesus!!"

「わぁ!!」

私たちは同時に叫んだ。

一瞬で鼻の内側がピキピキッと凍りつく。目の前は雪が果てしなく降っていて、空も地面も建物も真っ白で、断片的にしかまわりが見えない。雪と氷で覆われた歩道を滑らないように慎重に歩いてる人たちは、どこかその不自由さも楽しんでるようで、少しおかしい。

"Ready? Let's go!"

"Yes!"

勢いのある声とは対照的に、私たちはそーっと、そーっと雪の中へ一歩踏み出した。

ワンポイントレッスン

God. He's such an embarrassment to our country. I cannot believe he's our president.

「ああ、彼はアメリカの恥ね。こんな人が大統領だなんて信じられない」

He's such a + 名詞 → なんて(名詞)なの という使い方をします。なにかを少し強めに表現したいとき。

・She's such a great boss. 彼女はほんとにいい上司。

・You're such a coward. ほんと臆病者だね。

 など、ポジティブにもネガティブにも使えます。

I'll make sure to get some today.

「必ず(グラノラを)今日買うようにするわね」

make sure to+動詞 = 必ず〜するようにする

I'll make sure to bring it tomorrow. 明日必ず持っていくようにするね。

I'm starving.

「お腹ぺこぺこ」

文字どおりだと「飢えている」という意味ですが、おなかがすごく空いているときに使います。

Well, do you wanna grab some breakfast somewhere? It's my day off today. Though this weather is not perfect.

「じゃあ、どこかで朝ごはんでも食べる? 今日は休みなの。天気はパーフェクトじゃないけどね」

・grab breakfastは「朝ごはんを食べにいく」という表現。

 Grabは「つかむ」という意味ですが他にもlunchやdinnerと使います。

・my day off=休みの日

「明日は休み」と言うときは、I have the day off tomorrowと言います。

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