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面白いエネルギーのあるものを見つけて
カルチャー同士をつなげたい
一歩部屋に入ってまず目に入るのは、大きなクマのオブジェ。ほかにもアート作品が部屋のあちこちに置かれている。棚にはアート/ファッション系の洋雑誌がずらり。一見アーティストのスタジオのようにも見えるけれど、机の上には、伝票や資料、日本の女性誌が山積みに。これが茂市さんの仕事場であり、仕事を象徴するモノたちだ。
最初に説明してもらったのは「洋書ディストリビューター」という仕事について。「海外の出版社やエージェンシーとやり取りをして本や雑誌を輸入、それを日本の書店やセレクトショップに卸しています」。扱っているのは、主にインディペンデント誌といわれる自費出版の雑誌。『PURPLE
FASION』『SELF SERVICE』といった、すでに著名になったファッション/アート誌も扱うが、今は無名でもメッセージ性のあるもの、プロ意識や編集意識の高いもの、写真のクオリティが高いものやグラフィックデザインでエッジの立っているものなどを基準に選ぶのだそう。
今、取引しているのは12誌。フランス、アメリカ、ドイツ、メキシコと出版国もさまざまだ。「海外の雑誌って、空気を伝えるものだと思うんです。できるだけ若手の面白いエネルギーがあるものを扱いたいし、自分が扱う雑誌が、それを手に取る人たち、特にクリエーションの仕事に携わる人たちに何かインスピレーションを与えられたらいいなと思うんです。カルチャー同士がつながったら面白いなって」。
アーティストのマネジメントとしては、アートとデザインの境界線上で作品を発表しているアラキミドリさんを担当している。「彼女のスケジュール管理や交渉、様々なメディアで取り上げていただけるように営業をかけたりしています」。前述のクマはアラキさんの作品だ。PR業務のほうも、ライフスタイルやカルチャー系のクライアントの商品を紹介するために、媒体をまわったりしているのだそう。話をうかがってみると、たしかにバラバラに見える仕事に共通するテーマがある。それはアートと社会とをつなげること。
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| 休日は着付けに通ったり、最近はホメオパシーなど健康に関することに凝っているとか。「アートは日常の一部なので、あえて休日に何か、とかはしないかも。映画を観るくらいかな」。 |
アート関係の人脈が広がった大学時代
ビジネスの基本を叩き込まれたアパレルでの経験
もともとアートに興味があったという茂市さん。仕事について考え始めたのは大学生のとき。「授業で、いま六本木の森美術館の館長・南條史生さんのアートマネジメントの講義を受けたんです。その中で、私立美術館の館長から、海外の貴重な美術品を運ぶ運送会社の方まで、アートに関わる現場にいる人たちがゲストスピーカーとして話をしてくれる機会があって。アートっていろんな角度から携われるだと思ったのが、自分でもアートの仕事に関わりたいと思ったきっかけです」。
授業以外にも学ぶ場所はあった。「カルチャーっ子だったんでいろんなギャラリーに通いましたが、当時渋谷にあった『THE deep gallery』が自分の肌に合うと思った。音楽があって、美術があって、ファッションがあって……。それが、オーナーの編集力とセンスでうまくまとまって居心地のいい空間になっている。こんな仕事ができたらいいなって思いました」。
『THE deep gallery』に通うようになったことで、アーティストのアラキミドリさんにも出会った。「そこにいる時間が長かったから、いろんな知り合いができた。ギャラリーで仕事をしている人や、アーティストや編集者たちから話を聞かせてもらって、世界が広がりました。学校より勉強させてもらいましたね。いま、ディストリビューションの仕事をしているのも、このギャラリーのオーナーと知り合ったことがきっかけになっているんです」。
アート漬けだった茂市さんが卒業後に就職したのは、意外にもアパレルメーカーの潟Cッセイミヤケ。パリでアート留学をする資金にとアルバイトの面接を受けたのがきっかけで入社を勧められ、ものづくりの魅力を聞いた。「アートも好きだけど、たしかに自分はものづくりに興味があるなと思って。それで留学の夢は1度保留にして、そのまま就職することにしたんです」。
イッセイミヤケではものづくりから流通まで、ビジネスの基本を徹底的に教わった。「モノを売ることとか、原価計算をすることとか。ビジネスの上では絶対に外せないことを経験しました。今の仕事ができるのは、この経験がとても大きいと思います」。
3年後、アート色の強いアパレルブランドAnd A鰍ノ転職し、展覧会の企画やアーティストのコラボレーション企画を担当、その後、アタッシェ・ド・プレスオフィスの潟Cニシアルへと転職する。
実はイニシアルへの転職のきっかけになったのが、前出のアラキミドリさんだ。「たまたま次のステップを考えていたときに、パリにいたアラキさんが帰国してスタジオの手伝いをしてくれる人を探していたので、私がやると手を挙げた。そしたらマネジメントも、と話が進んで。同じタイミングで『ザ・ディープ・ギャラリー』のオーナーが外国に移住することになり、ディストリビューションの仕事を引き継がないかと声をかけてくれて。イニシアルの代表に相談したところ、文化的に意義のあることだからと興味を持ってくれたので、新しい事業として私が受け持つことになりました」。
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| アラキミドリさんの作品が並ぶ、ギャラリーのようなオフィス。床の緑色に癒されるそう。 |
タイミングと縁を丁寧に育てながら
ものづくりと社会の橋渡しをしていきたい
さまざまな業種や職種を経験しているが、「それぞれに勉強させてもらった」と振り返る。「本当にご縁ご縁が重なって、仕事に導いてもらっているんです」とも。
たしかに茂市さんの経歴をつないでいるのは、タイミングと人との縁が大きいかも。でも、その縁があるのは、彼女が着実に人づきあいを広げているからだろう。たとえば今も、ディストリビューションの仕事で関わる海外の出版社から頼まれて、日本に関するページつくりを手伝ったり、洋書を卸している書店の方から、こんな本を入れてほしいと相談されたり。そんな依頼にも丁寧に対応している。
茂市さんの中に常にある「ものづくりへのリスペクト」も仕事の原動力になっている。
「私はアートがとても好きだけど、クリエイターになれない。だったらせめてサポートができれば、と思うんですよね。それと、日本はまだカルチャーに対して、敷居が高いのか低いのかいまいち分からないと思っているところがあるように見えるので、そこをうまく橋渡しができたらいいなと思っています」
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