絵を描くことに行きづまると
編み物でリフレッシュ
暖かそうなオフホワイトのセーターにモスグリーンのニットのロングコートを羽織って現れた村田有子さん。どちらも自分で編んだものだと聞いて驚く。それもそのはず。村田さんは2年前まで、パリにある小さなブランドで、ニット製品を制作する仕事をしていたのだ。
「特に服飾の勉強をしたわけではないんです。大学は美術学科で、油絵を専攻。絵を描くことが好きで大学を目指していたのですが、浪人時代、大学に受かるための絵を勉強しているうちに、描くのがつらくなってしまって。そんなとき、息抜きに編み物を始めたのが、そもそものきっかけです」
大学に入学し、授業の課題で絵を描くようになると、だんだんと絵を描くことが義務になってきてしまった。そんなときにも、編み物はいい気分転換になった。
「私の祖母が毎年、冬になると家族分のセーターを編んで送ってくれるような人だったので、編み物は子どものころからわりと身近なものでした。誰に教わったわけでもなく、小学生のときには自分で本を見ながら手袋を編んでいましたし。編み物に限らず、何かを作るのが好きなんです」
卒業後は、絵を描く仕事で生きていこう、と思っていたが、画家やイラストレーターなど、肩書きのある職業は“何か違う”と感じた。それで、卒業前に見つけたのがウィンドウディスプレイのアルバイト。卒業後もその仕事を続けた。
「絵を描くだけでなく、何かを作ったり、自分のやりたいことが全部できる職がいいな、と思ったんです。ディスプレイの仕事は、絵も描けるし、人形を作ったり、飾りつけもする。いろいろなことができて、面白かったですね」
仕事は1年間続けたが、急にフランスに行くことを思い立ち、やめることに。
「ディスプレイのデザイナーさんが、イタリア留学の経験がある人で、話をいろいろ聞いているうちに、私もどこかに行きたいなーと思うようになったんです。そういえば私は、フランス人の画家や、フランスで絵を描いていた画家の絵が好きだな、と思いだして。彼らが過ごした場所を見てみよう、と急に思い立ちました」
以前から、いつかフランスへ行きたい、という思いがあり、フランス語の勉強はしていた。日常生活を送れる程度にはなっていたので、1年間のワーキングホリデービザをとって、フランスへ行くことを決意。1999年の暮れに日仏のワーキングビザ制度が開始されると同時に申請し、2000年1月に日本を発った。
|
|
|
|
いつの間にかパリで
編み物づけの毎日に
フランスでは、絵を描いたり、料理をしたり、何か自分の好きなことで仕事をして生活するつもりだった村田さん。渡仏後しばらくすると、知り合いから“編み物ができる人を探している”という話が入った。
「パリの服飾系の学校で勉強している日本人のデザイナーさんが、卒業制作の作品に編み物をとり入れたいので、人手が欲しいということだったんです。それで、編み物ならできるので、そこで働くことにしました」
作品は、ウエディングドレス。シルクのドレスの上に、網目のように編んだニットを全体にかぶせるという、大がかりなものだった。そして卒業制作が終わると、今度はデザイナーが自分の洋服ブランドを立ち上げ、そのまま手伝うことに。
村田さんは特に編み物の勉強をしてきたわけではない。でも、そのセンスと技術が買われたのだ。
「プロとして編み物をするという経験は、それまで服飾の勉強をしたことがなかったので、いい機会だと思って引き受けました。私はニットの担当で、デザイナーのイメージをもとに、作品を編む毎日。特にコレクションの前になると、締め切りがあるので毎日編み続けるんです。一番忙しい時期は、朝10:30にアトリエに行って、終電の1:00まで仕事。休みはご飯を食べるときくらい。手編み製品の大部分は私の担当だったので、大変でした」
手編みは同じ毛糸、同じ目で編んでも編む人の加減によってまったく違う形ができてしまい、寸法通りに作るのが難しいそうだ。服飾の世界では1cm違えば違うデザインの服になってしまうくらい、大変なことらしい。
「デザイナーのイメージをできるだけ忠実に再現したかったので、ものすごく細かいところまで聞きながら作っていました。作り目や増減目の方法、首の仕上げなども編み方が何通りかあるので、2パターン出して選んでもらったり。1着のサンプルができあがるまでに、編んではほどいてを繰り返し、5着分くらいは編みましたね」
フランスに来る前は、まさか編み物の仕事をするとは思ってもいなかった。編み物は好きだったけれど、あまりにも毎日編み続けで、ずっとこもりっきりの生活に、だんだん疑問を感じるように。
「なんでわざわざフランスに来てこんな生活をしているんだろう、と思い始めてしまって。ワーキングビザに学生ビザを延長して、2年間滞在していたのですが、ちょうどビザも切れるころだし、ここらへんで日本に帰ってもいいかな、という気になりました。フランスで生活したい、という目的は達成できましたし」
|
|
|
|
編み物ざんまいから
編み物禁止生活へ
デザイナーからはかなり引き止められたが、ビザが切れる2002年2月に帰国。ただ、作品が完成する前に帰ってしまったので、これだけは終わらせて欲しい、とセーター30着分の糸がごっそり送られてきた。
「結局、帰国してからも編み物ばかり。それでついに腱鞘炎になってしまったんです。そのために、今度は一転、なるべく手を使わないように、編み物はしてはいけない生活になりました。やっと仕事が終わって、自分の編みたいものを作れる、と思っていた矢先でした」
2年間のパリでの仕事は、デザイナーに要求されるものを編んできた。多色使いでトレンドを意識した作品。村田さん自身が編みたいものとは、少し違っていたようだ。
「本当は、毎日着られて、長く愛されるシンプルなものを作りたいんです。でも、モードの世界は移り変わりが早い。フランスでデザイナーの依頼を受けて作っていたのは、今年着たら来年も着られるかどうか、というものでした。作っていても“この服、いったいいつまで着てもらえるのかな”という満たされない思いがありましたね。それで、仕事の傍ら、自分のためのものも作っていました」
帰国して自分のための編み物をしようと思っていたのに腱鞘炎になり、休養を取らざるを得なくなってしまった。でもその期間は、これまで編み物ばかりで、できなかったことをやった。ゆっくり本を読んだり、興味のあることを調べたり。
「昨年の春には、ボランティアのワークキャンプに参加しました。スウェーデンの羊を飼っている農家でお手伝い、という2週間ほどのプログラム。スウェーデンは手芸の本場ですし、まだ手編みが家事の一部として残っているので、そういう生活を見られるかな、という期待もあって。
実際、生活の中に手作りのものが当たり前に溶け込んでいるのを見て、今までのように仕事としてではなく、生活の中で手芸にかかわることができるんじゃないか、という思いを持ちました」
|
|
|
|
自分の食べるものを
自分の手で作りたい!
日本に帰国して以来、村田さんは自然食レストランで週に3〜4日働いている。ふだんはサービス係だが、週に1回だけケーキを作ってショーケースに並べてもらっている
。
「ケーキといっても、シフォンとか、プリン、ドーナツなど、家庭で作る簡単なものばかりですが。もともと料理にも興味があったんです。パリでもお菓子を作ったりしていましたから。手芸や絵に限らず、何かを作ることが好き。絵も編み物もさんざんやったから、今度は違う分野で作ることをしてみようと思ったんですね」
自然食の店で働くことにしたのは、外国で暮らして、食べ物にも気を使うようになったから。無農薬の野菜などに興味がわき、ここで働いているうちに何か学べるかなと思ったそう。
今は腱鞘炎も治り、自分のための編み物も始めている。そして現在、とりかかっているのが、日本の綿を使った編み物。
「私は編み物の原材料に興味があるのですが、日本には羊はあまりいないので、原材料というと綿や麻。それらが出来上がる過程を知りたくて、和綿のワークショップなどにも参加しています」
現在、日本の綿の在来種は絶滅に近い状態で、ほとんど輸入ものに頼っている。でも、日本の綿を絶滅させてはならない、と和綿を普及させ、その綿を糸にして商品化に力を入れている農園の方もいる。村田さんは、そこから頼まれ、日本の綿で取れた糸を使ってニット製品を編むことに。
糸の材料について興味を持って調べたり、自然食レストランで働いたりするうちに、村田さんにはおぼろげながら次のやりたいことが見えてきた。
「今までのように職業として何かを作るのではなく、生活の中で何かを作っていきたいな、と考えるようになりました。生活の中で自分の着る服を作り、食べるものを作る。まだ漠然としていますが、自分の食べるものを作ることから始めて、自給自足に近いような生活をしたいな、と考えているんです」
自分の食べるものがどこからきているのかを考え、お金を稼ぐためではなく、自分の生活のために何かを作る――。
「今、私みたいな考えの人が増えているみたいですよね。私たちの世代が育った環境って、会社に勤めてお給料をもらって生活するのがかなり当たり前。でもバブルが崩壊して以来、大企業がいきなり倒産することも珍しくなく、就職すれば安定、という構図が崩れてきているんです。
そういうところから、何かに所属しない、独立した生き方を考える人がかなり増えていると思います。そこで、自分で起業して自分で稼ぐ、という人もいれば、自分が食べるものを自分で作る、という生活を始める人もいる。今、そういう流れがあるのかな、と思いますね」
自給自足生活となると、ゆくゆくは農業にトライすることに?
「そうなんですよね。今、農業に手を出そうかな、と考えているところです」
おっとりとしながらもきっぱりと語る村田さん。きっと、来年の今頃には、自分で作った野菜を料理し、手編みのセーターを着て自給自足の生活を送る村田さんに会えそうだ。
|
|
|
|
|
|
|

| 8:00
|
|
起床、朝食
あいた時間で編み物 |
| 10:00
|
|
レストランに出すケーキづくり |
| 12:00
|
|
昼食 |
| 14:00
|
|
ケーキが焼き上がる |
| 15:00
|
|
ケーキを店に持っていく。お茶を飲みながら編み物 |
| 17:00
|
|
レストランに出勤 |
| 22:00
|
|
閉店 |
| 23:30
|
|
お店を出る |
| 24:00
|
|
帰宅
寝る前に編み物 |
| 1:00
|
|
就寝 |
|
|
|