|
自分のイメージを自由に表現したい!
選んだ道がフェルトワークだった
すべて手作り、たとえ同じデザインであっても同じモノはふたつとできない。オリジナリティ溢れるフェルト作品を生み出すのは、清水さん。フェルトワークは、意外にもほぼ独学。大学で専攻していたのは織物で、卒業制作にフェルトをやりたいといっても担当教授がいなかったという。教授が参考にと渡してくれたのは、英語とドイツ語で書かれた数冊の専門書。
「一度もきちんとフェルトワークを学んだことがないので、基礎から専門的に学んだ人からすると、私の作るモノはものすごく邪道かも(笑)。でも、フェルトとはこういうもの、という固定観念がないのが逆に自分の強みだと思っています。織物はとても緻密な計算が必要です。本来私は、枠にとらわれたり、決めつけたりすることが苦手。もっと自由に、頭に浮かんだイメージをそのまま作品にしたいという思いが強くて。フェルトワークは作りながらいろいろ試行錯誤できるところが好きですね。織物にはない自由さが私にとっては何より魅力で、性に合ってる気がします」
|
|
|
|
“アーティスト”から“職業作家”へ。
ギャップに悩みつつ見出した新しい喜び
言葉のわからない専門書を眺めつつ作り上げた卒業制作の処女作品が、見事、東京都美術館の公募展で入選。そのまま卒業後フリーに。最初はアルバイトをしながら個展や公募展に作品を出品するという、アーティスト志向の活動だった。
作品が徐々に人の目にとまり、ブランドのバイヤーからも注文が来るようになると、オブジェのような芸術作品だけでなく、バッグや小物といった実用品も手がけるように。それまではアーティストとして、作品すべてを自分の感性だけで創造してきた清水さんだが、“職業作家”となるとそれだけというわけにはいかない。
「ビジネスとなると、コレクションに見られる流行や売れ筋なども考えないわけにはいかない。売る側が求めるものと、自分の作りたいものとの間にどうしてもギャップが生まれてきて。それまで頭にパッと浮かんだイメージを、思い立ったが吉日という感じで好きに作ってきただけに、商業ベースに慣れるのには時間がかかりました。自分の作った作品はどれも思い入れのあるものだから、最初のうちは、どこの誰ともわからない
“お客さん”に渡すのがなんとなくイヤでしたね(笑)。」
当初のそんな抵抗を、少しずつ和らげてくれたのは、 “お客さん”の反応だった。作品と引き替えにするものはお金だけではないということに気付かせてくれたという。
「自分の作ったものを、ある程度のお金を出してまで欲しいと思ってくれるってすごいことだし、気に入ってくれた、ということがとても嬉しくて。実際どんな方が買ってくださってるのかを知ることはなかなかできないんですが。お店の方から伝え聞いたり、とても気に入って長く使いたいから修理をして欲しい、という依頼を受けたりすると、作品を作って展示していただけの頃とは違った喜びがこみ上げてきますね」
|
|
|
|
固定ファンも増え、本も出版。
軌道に乗ったときに訪れた転機
2000年には、自身の作品を教材にしたフェルトワークの本を出版した。順風満帆とも思える話だが、このときには本気で悩んだという。
「作り方もすべて自己流、基礎もわかってないような自分が、本を出して“プロ作家”として名乗りをあげてしまっていいんだろうか、って。もう後には引けないぞ、といった覚悟がいりました。文章もイラストカットも自分で書かなければならなくて、それも大変でした。でも本を出版したおかげで、広告やテレビ関係といった他の業界の方から依頼が来たりして、ひとりで作っているだけではできなかったような仕事も増えました。やって良かったなと思います」
本の評判もよく、プロのフェルト作家として軌道に乗ってきた矢先、清水さんに大きな転機が。2002年に結婚、翌年に出産。とにかく自由な制作時間が作れず、このままではいい加減な仕事しかできないと、休業を決意。……したものの、周囲からどうしてもと請われ、また義姉の協力もあり、産後わずか2ヶ月で仕事を再開。赤ん坊を背負いながら子どもたち相手の美術教室の講師をし、さらにはクリスマス展に向けて制作活動に取りかかった。
「実際、子どもを抱えながらは大変だし、本当はもっと休んでいたいという気持ちもあったんですけど(笑)。でも、そこで休んでいたら、なんだかんだでずっと復帰できなかったかもしれないです。子どもを理由に“作れない”というのは言いたくなかったし……。以前のペースで制作できなくても、やめたわけじゃない、創り続けている、ってことはどこかでアピールしたかった。美術教室の講師も、子どもたちから教えられることも多いし、すごく自分の糧になってるんだと実感します」
|
|
|
|
『失敗は成功のもと』
流れに逆らわずポジティブ変換
子どもの世話の合間の創作活動。好きなことを仕事にできるのは幸せなことだと思う反面、フリーとしての生活には不安も多い。私生活と仕事の境目もなくなってくる。悩みはつきないが、それでもここまでやってこれたのは、「なるようになる」という、流れに逆らわない性格にあるとか。
「いつもそうやっては一旦悩むんですが、結局は来るモノは拒まず、なところがあって (笑)。『失敗は成功のもと』ってよく言ってるんですけど、フェルト作品を作るときも、たとえ失敗しても、そこから『じゃあこれを活かすには?』って方向転換して。結果的に自分でも予想していない新しいイメージが生まれることが本当によくあるんです。今はまだ子どもが小さいということもあって、外に長く出たり、大きな作品を手がけることも難しいのですが、だからこそいつかやってみたい!
と思うこともいろいろ。舞台美術やディスプレイのオブジェといった、集団でひとつの大きなイメージに向かって創作するような仕事もしてみたいですね」
|
|
|
|
|
|
|