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「はじめまして。」の自分カタログで就職活動 念願叶いマーケティングの世界で人の3倍働く 岡本さんは就職活動のときから広告業界を志望。がんがん働きたいし、いずれは結婚して子どもも3人ほしい……そこで「20年計画」をたてた。それは20代で仕事をし、30代で子どもを3人産んで、仕事には40前に本格復帰……というものだった。 「ブランクになる30代の前にがむしゃらに働いて実力と人脈と人望と勇気を持とうと思ったんです」。思いこんだら一直線、即行動派の岡本さん。だが当時は就職超氷河期。そこでどうしたか。 履歴書に加えて自分を紹介する「続・履歴書」を作ったのだ。自分に「私は『人』をこよなく愛する鉄砲玉」とキャッチフレーズをつけ、家族構成やこれまでの人生などを書き込み、写真もふんだんに貼り付けて、自分という商品を詳細に紹介。印刷屋さんに頼んで作った特注の封筒に入れて就職活動先に送りまくった。 それを読んだあるプロダクションの経営者が「私は岡本さんと仕事がしたい! と思っています」と手紙をくれた。結局、そこに就職を決める。総勢5人の小さな会社だった。 小さい会社だからこそ、当初の思い通り猛烈に働きまくった。マーケティングプランナーとしてデータ集めから企画書作り、プレゼン、制作進行、一人で何役もこなした。 転機が訪れたのは3年目だ。ある大手代理店のディレクターらとの仕事が非常に楽しかった。その代理店に誘われもしたが、大きな組織に入れば自分の好きな仕事以外もしなくてはならなくなる。彼らと仕事をずっと続けるには独立しかない、と退社、フリーのマーケッターとなる。 自動車、化粧品、住宅会社……。自分を使ってもらえるのが嬉しくて、次から次へと仕事を引き受けた。 最初の会社の社長が教えてくれた「目の前にある仕事に120%全力投球すれば次々に仕事がやってくる」のとおりになったと岡本さん、ひと月の売り上げが200万円に達するまでになる。ここで、30歳を迎える。 転機は30歳 ワーキングマザーの 窮状を目にしたときだった ある化粧品会社の販売・広報戦略のプロジェクトでのこと。回の会議は20時から、と決まると、ある女性マーケッターが顔面蒼白になりあちこちに「すみません」と電話をかけはじめた。そのマーケッターには2歳の子どもが。時短勤務から復帰したばかりで、子どもの預け先を探していたのだ。 「広告業界では20時なんて早い、という世界。でも世間の常識からするとおかしい。この働き方は変だ、と思っても、自分一人ではどうすることもできない無力感に襲われました」 ちょうど、マーケティングの仕事に対して違和感を持ち始めた時期でもあった。「20代のときは時代のトレンドを作るのがかっこいいと思ってた。でも10年たって、自分でマッチポンプしてるだけでは、と思ったんです。日本の車は丈夫なのに4年ごとにフルモデルチェンジ。新しい、と言ったその数年後にはもう古い、でしょう」 働き方はこれでいいのか。ましてや妊娠したら。ここでもまた直情一直線の行動派魂がむくむくと動き出す。働くことと妊娠、出産、育児について「自由研究」と称して調べ始めたのだ。彼はいるが結婚の予定もなかったのに(当時)、あれこれ調べ上げ、ワーキングマザーの会から産後のリハビリケア(!)の教室にまで出かけた。 市場原理でなく、世の中の 普遍的原理のためにマーケティングを そんな中で、フローレンスを立ちあげるため準備中だった駒崎弘樹代表と出会う。病児保育という理念には心から賛同したものの“NPO=非営利”の意味がわからなかった。なんでNPOなの?と尋ねると、駒崎代表はこう説明した。“non profitというよりnot for profit”。社会問題を解決するのが一番の目的なんです"と。「それですべてが納得いきました。もう、駒崎さんと一緒にやるしかない、と」。 駒崎代表がまだ20代半ばの独身だったのも岡本さんの背を押した。それまで岡本さんが、育児や出産のことについて調べていると、独身のあなたがなぜ、と不思議がられることが多かった。 「私より年下で独身、まして男性の駒崎さんがやっているのだから、何をやってもいいんだ、ってね(笑)」岡本さんの参加から3ヶ月後、フローレンスはサービスをスタート。今年で2年度目だが、最初の江東、中央区の2区から10区までサービスエリアが増えた。数年以内には東京23区で展開する予定だ。 フローレンスでは新規会員の獲得やPR戦略を担当している。フローレンスは27歳の駒崎代表をはじめとして、本部スタッフは大学生のインターンなど20代前半がほとんど。熱いけれどもときに素人っぽさが垣間見えるときもある。そんな中で岡本さんはプロのマーケッターとして、企業社会の中でもまれてきた手腕を発揮している。まさに、最初の10年で確かに得た“実力と人脈と人望と勇気”を、NPOの世界で生かし始めたのだ。 いまは週3日をフローレンスに、残り2日をマーケティングの仕事に割いている。時間と熱意からいったら、フローレンスにかける分が8割という。収入はその逆ではあるけれども。 それでも、と岡本さんはいう。「今は市場原理ではなくて、普遍的で絶対的に必要なもののためにマーケティングをしている、という実感があります。社会がもっとこうなったらいいな、というのは誰でもあると思うんですが、誰かがなんとかしてくれるのを待つのはつまらない。自分で何とかしてみよう、と立ち上がるほうが世の中は変わる」 NPOゆえの壁にぶちあたるときだって当然ある。そういうときは「なんで私、こんなことしているんだっけ?」という原点に立ちもどる。そして思い出す。 目の前の現実をどうしても変えたい、という願いが本物であれば続くはず、と。将来的にはフローレンス1本で食べていけるようになりたいという。その日が早く来ますように。そのときは、この国の病児保育事情も今よりよくなっているに違いない。 |
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text / Angel Atsumi photos / Florence |

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