水ぬるむ春です。暖かな日も近づいてきました。ワードローブの入れ替えの時期でもあります。みなさんは衣類の防虫剤などに何を使っていますか。防虫剤の主流といえば化学薬品がほとんどで、これまでは選択の余地はあまりなかったのが現状です。ナチュラル志向の人の間では、ヒノキ材を使ったシダーブロックやハーブを使ったりなどいろいろ工夫しているようです。これらは海外からの知恵ですが、じつは日本にもあるのです。昔ながらの自然にも人にもうれしい防虫剤が。その名は「しょうのう」。

しょうのうがとれる原木はクスノキ。南方原産で巨樹になるものが多く、鹿児島県姶良郡の「蒲生の大楠」は幹回りが24mも。一般に楠と表記されますが、正しくはしょうのうの「樟」と書くとも言われます(写真は宮崎県・上穂北のクス)。 ■しょうのうって何のこと?
今では耳にすることもまれですが「しょうのう」という単語を聞いたことがありますか? 漢字で書くと「樟脳」と記します。おばあちゃんの着物のタンスに入っていた、なんていう人がいるかもしれませんね。といってもナフタリンではありません。さわやかなお香のようでもあり、メントールのような香りがします。
日本での歴史は古く、江戸時代からつくられてきたものだとか。原料は樹木のクスノキと水からつくられます。添加物、化学薬品などは一切使用しません。しょうのうはその独特のにおいで虫をよせつけず、医薬品として利用されることもあります。カンフルという薬品名なら知ってるひとも多いのではないでしょうか。 カンフルの効能は「血行促進作用や鎮痛作用、消炎作用があるため外用医薬品の成分として用いられる」とあります。なんだか堅苦しい説明ですが、塗ったときにスースーするかんじ、あれがカンフル成分=しょうのうなのです。

左:クスノキのチップ 右:水蒸気蒸留・脱油したあとにできる真っ白な「しょうのう」の結晶。木全体に含まれるしょうのう成分は、特に根に多くが含まれています。クスノキは、建材としては市場価値が低く、香りが強いため製紙工場でも歓迎されません。しょうのう成分をとったあとのチップはボイラーの燃料にしたり、パルプ工場で紙にするなどあますところなく使います。 また、セルロイドと呼ばれる素材をおぼえているでしょうか。セルロイドの人形、「象が踏んでも壊れない」などと宣伝されたふでばこ、メガネのフレームなどによく用いられた素材です。このセルロイドも実はしょうのうが原料なのです。20世紀はじめ、時代はまだプラスティックの登場前です。セルロイドの需要は世界的に高く、日本は世界最大のしょうのう生産国だったのです。台湾でクスノキのプランテーション経営もしており、日本専売公社の専売品でもありました。それが1920年代、石油からプラスティックが作られるようになり、セルロイドは表舞台から姿を消していきます。しょうのうもまた然り、でした。
■しょうのう産業リバイバル
今の日本の中でしょうのうを生産している人はごくわずか、数名といっても過言ではありません。天然のしょうのうを作っている生産者は、わたしの調べたところによれば国内では2軒程度です。しょうのうという製品が市場に出ていることはありますが、ほとんどが松脂由来の合成しょうのうです。また、天然しょうのうであっても原料は海外であったりもします。しかも防虫剤と言えば、安価で大量生産ができるナフタリンやピレスロイド系の防虫剤が世の主流となっていきました。林業も停滞する中で国内のクスノキでつくられた、本当の意味での天然しょうのうは絶滅寸前だったのです。
しかし、折しも自然派、エコロジーなどが問われるようになった昨今、アレルギー疾患を持つ人などからも「化学薬品の防虫剤はイヤ」という声がちらほら上がるようになっていました。 そこで、昔ながらの天然しょうのうを復活させたいというチームが一昨年夏、結成されたのです。国内フェアトレードを活性化しよう、というコンセプトを掲げて企画・販売を行っている「有機本業」と宮崎県日向市の林業関係者が組み、宮崎県内のクスノキを使った天然しょうのう「日向のかおり 樟しょうのう」がリバイバルされたのです。

宮崎県の林業関係者とともに、足掛け2年で誕生した数少ない国産天然しょうのう「日向のかおり 樟しょうのう」(企画:有機本業)80g(10g×8袋) 1,680円 ■日向の静かな作業場で生産されている“しょうのう”
宮崎で育ったクスノキの根、枝、幹のチップを蒸すと、冷えた蒸気から成分がぽたぽたとしずくになって落ちてきます。それを精製し、結晶にしたものが“天然しょうのう”です。こんな簡単な製法なの?とおどろくほどシンプルです。使われる主なエネルギーは、ボイラーにくべられる薪のみ。蒸気を冷やすために使う流水が、作業場内でさらさらと涼やかな音をたてています。

「日向のかおり 樟しょうのう」の生産者・藤山健一さんによる、しょうのうを取り出す蒸留システムの図。チップの釜入れなどは体力仕事、つくり方自体はいたってシンプル。

クスノキのチップが釜で蒸され、成分を含んだ水蒸気が流水でゆっくり冷やされていきます。 できあがったしょうのうの結晶からは、すーっとしたさわやかな香りがあがります。この香りも天日や風にさらすと消えてしまうので、衣類の保管にはもってこいなのです。
製法も商品そのものもとてもエコロジーなしょうのう。ご存じのように、日本の林業はいま非常に衰えています。育った木を手入れする人手が足りません。森林が国土の3分の2を占める日本。適正に木を使い、新しい木を育てていくことが急務でもあります。しょうのう復活はひとつの小さなプロジェクトですが、このような取り組みが増えていくことを願ってやみません。今年の衣替えには、あなたの衣類も、そして日本の森をも元気にする「国産天然しょうのう」をおすすめいたします。
取材・文/鞍作トリ(くらつくりのとり) 業界新聞記者、業界雑誌社勤務を経てのちフリーランスに。暮らしに関わるエコロジー全般の記事執筆や編集等を生業としている。古い時代のよいモノ、よき産業をこよなく愛す。 |