カフェグローブゾレンが故郷に帰れる日 - 青木陽子のFrom the Editor

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更新日:2000年10月10日
  From the Editor
ゾレンが故郷に帰れる日

六本木のバーで働いているゾレンは故郷に帰れない。
帰ったら徴兵にとられるからだ。兵隊は夜中にとつぜんドアを叩く。
息子は外国にいる、と言っても、銃を持ったまま家の中に入ってきて
寝室のベッドカバーまで引き剥がして調べていく。
電話をすると、母はゾレンに「今は帰ってきてくれるな」と泣きながら頼むという。

彼が東京に来たのは3年ほど前だった。
その後コソボ紛争が起こり、東京から身動きできなくなってしまった。
ミロシェビッチ政権下のユーゴスラビアへの制裁で、
彼は、日本人のように世界の国々を自由に旅することはできない。
セルビア人だというだけで、ヒースロー空港で追い返されたこともある。

セルビア民族主義を煽動して国民を紛争・弾圧という殺し合いに駆り立て、
多くの暗殺を指揮したとされ、政府の債務を帳消しにするために
天文学的なインフレを起こすこともいとわなかった独裁者ミロシェビッチ。
インフレ当時、人々はパンとミルクを買うためにも、
スーパーのビニール袋いっぱいの紙幣を持っていかなければいけなかった。

「僕の国がいかに狂っていたかの記念に」とゾレンがくれた当時の紙幣には、
冗談でなくゼロが12個並んでいた。1000000000000。これも今はただの紙切れだ。
どんなに働いても食べるのがやっと。せっかく貯めた人々の資産はすべて消えた。

英語やフランス語などメジャーな言葉が母国語でない外国人にとって、
日本は決して住みやすい国ではない。ゾレンはいつか自由になれる日のためにと、
華やかな東京の街で、2本のアルバイトを掛け持ちして毎日16時間働いている。

それだけに、今回のユーゴスラビアの政権移行は、ただただ嬉しい。
ベオグラードの街頭に繰り出した数十万の人々、苦い汁を
飲まされ続けてきた彼らの高揚した気持ちを想像すると鳥肌が立つ。
ゾレンが故郷に帰れる日が近づいた。本当に嬉しい。



Cafeglobe.com 青木陽子
editor@cafeglobe.com

 
 
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