001
福岡伸一 さん
FUKUOKA SHINICHI
分子生物学者

文・写真 / 青木陽子(cafeglobe)
001
福岡伸一 さん
FUKUOKA SHINICHI
分子生物学者

食べたものがどう消化吸収されて自分の体の一部になっているか、それを知ること自体も科学ということはおわかりいただけたと思います。でも科学の知識をたくさん覚えるのは我々フツーの人間にはなかなか難しい。でも、ちょっとした考え方の習慣で、物事を科学的に見極める力を持てるようになるのだそう。一見難しそうだけれど、「あるある大事典」みたいなものに乗せられないためにも(!?)ぜひ身につけてみて。
青木: 科学が苦手でも科学的な考え方をするためのコツ、ぜひ教えてください。
福岡: ひとつは、ちょっと難しい言葉に聞こえるかもしれないけど、「定量的に考える」こと。多いか少ないか、効くか効かないかという言い方ではなく、「いつの時点からどのくらい増えたか」とか、「どの程度飲めばどの程度の効果があるのか」ということを数字を押さえながら考える習慣をつけましょう。
たとえば環境問題がこれだけ言われていますよね。二酸化炭素の増加が地球温暖化をもたらしているかもしれない。私も環境問題を考える集会でお話させていただくこともあるんですが、ではみなさんこの空気中に二酸化炭素は何%含まれているか知っていますかと聞いたら、ほとんどの方が答えられなかったんです。じつはよく把握していないことを、わからないままに議論している面がある。
青木: 二酸化炭素が「どんどん増えている」、という表現はよく耳にします。
福岡: そう。ではいつからどのくらい増えているんだろう?と考えることが「定量的に考える」ことです。現在の二酸化炭素の空気中の濃度は、0.037%しかない。それっぽっち?という感じでしょう(笑)。でも、過去1000年くらいは、大気中の二酸化炭素濃度は0.028%くらいだったんです。それが西暦1800年くらいからじわじわと増えだして、今の0.037%になった。この200年に、大気中の二酸化炭素は約30%も増えたのです(下図1.)。1800年といえば、イギリスで産業革命が起きた頃。人間が石炭などの化石燃料をガンガン燃やすようになった頃と符合するので、人間活動と二酸化炭素の上昇はおそらく関係あるだろう、と言えるわけです。

図1. 過去1000年間における大気中の二酸化炭素濃度の変化。気象庁「気候変動監視レポート2001」より
青木: 0.037%からまだ増え続けているわけですよね。
福岡: 0.0370%だったものが0.0371%、0.0372%というように年々少しずつ上昇しているわけです。そのちょっとずつの上昇のうちの6%(日本の場合)を削減しようとしているのが、京都議定書なわけですよ。
青木: うーん、数字が小さすぎて、イメージが沸きません……。
福岡: 本当にそんな微々たることをやって意味があるのかという懐疑論が出てくるのも当然だったりしますが、まずはそういう数値として押さえておくことが、温暖化というものをつかむ足がかりになります。それも、二酸化炭素濃度が0.037%と知っているだけなら単なる物知り博士ですが、それが時間とともにどう変化しているかに目をやることが大切です。自分が十中八九のことを話しているのか、100万分の1のことを話しているのか、自分が扱っている量のオーダー(桁・規模)を知ることが、議論を針小棒大にしないことになるし、ある種の正気を保つことになるわけです。
福岡: その次に必要なのが、「関係」というものに私たち人間はすごく囚われやすいことを自覚すること。アノコトとコノコトは関係があるのではないかという「相関関係」に私たちの脳はとても反応しやすい癖を持っているのです。
たとえば平均寿命のすごく長い村がある。そこのお年寄りたちはヨーグルトをたくさん食べている。そうするとヨーグルトは長寿にいい、という関係性を見たくなりますよね。あるいは、日本では戦後から脂肪の消費量が上がっているという事実がある。ガンが増えているという事実もある。……脂肪の摂取がガンの発症に関係しているのではないかと、相関関係を見たくなります。
しかし自然界には、相関的に関係しているものはすごくたくさんあるわけです。ここで非常に大切なのは、相関関係はそのまま因果関係ではないと知っておくことです。
青木: たまたまヨーグルトの消費量が多いところと高齢者が多いところが重なっているだけかもしれない。
福岡: 世の中には、そういった相関関係を利用して何かを売りたい人、何かを言いたい人、力を持ちたい人がいて、それをあたかも因果関係のように言うわけです。ここで相関関係と因果関係が違うことを見極めるのが、エセ科学、科学の衣装を着たものに騙されないでいることなんです。
青木: やらせが問題になった「発掘!あるある大事典」なんてまさにそのあたりを誇張して人々の興味を引いたわけですね。
福岡: ヨーグルトと長寿くらいなら、マウスにヨーグルトを食べさせて免疫機能が上がるかどうかを見たりして実験を重ねていけば、因果関係かどうかを調べることはできます。でも、たとえば温暖化の問題のように、ある原因らしきことが起きてから50年経ってみないと効果が現れないような、時間的な隔たりのある因果関係だと、私たち人間には見極めることが難しくなります。
今では多くの科学者が気温の上昇と二酸化炭素濃度の上昇に因果関係があるのではないかと見ていますが、少数の科学者は因果関係はない、気温の上昇は地球が持っている自然なゆらぎの一部にすぎないと考えている。ブッシュ政権なんかはこの考え方を採用しているから、京都議定書からも離脱しているわけですよね。
つまり、私が研究している狂牛病(BSE)などもそうですが、世の中から「科学の問題」と捉えられている問題は、科学の限界の問題であったりするわけです。科学を極めてぎりぎりのところまで調べても、因果関係を見極められないところにある問題なのです。ひょっとして放置すると大変なことになるかもしれないし、ならないかもしれない。
青木: 私は、将来恐ろしい事態が起こる可能性が少しでもあるなら、最悪の事態に備えて対策はしておきたいと思いますが。
福岡: そう、ここから先は「社会の問題」なのです。あることを「すべきかすべきでないか」という議論と判断に移るのです。
ーー 科学の限界に達した問題に人間はどう対処すべきなのか。次回(1月22日)の更新記事でお届けします!
●温暖化についてはこちらでも(cafeglobeバックナンバー)
http://www.cafeglobe.com/news/climatechange/050112.html
福岡伸一さん 分子生物学者
1959年東京生まれ。京都大学卒。ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、現在、青山学院大学教授。専攻は分子生物学。『もう牛を食べても安心か』(文春新書)など著書、訳書多数。科学ジャンルとしては驚異的な45万部を記録した『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)では、第29回サントリー学芸賞を受賞。

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