001
福岡伸一 さん
FUKUOKA SHINICHI
分子生物学者

文・写真 / 青木陽子(cafeglobe)
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福岡伸一 さん
FUKUOKA SHINICHI
分子生物学者

科学的な考え方の基礎がわかってきたところで見えてくるのは、「じつは科学では判断のつかないことはとっても多い」ということ。そして、今ニュースを騒がせている科学まわりの問題は、科学的な判断がつかないところと社会的(あるいは経済的)な判断がごっちゃになっているからこそ問題が深まっているのだそうです。よし、せめてcafeglobeユーザーの私たちはその罠から自由でありたいではありませんか!
青木: 科学的に実験を繰り返してぎりぎりのところまで調べても見極められない問題はじつは少なくないわけですね。現在の状態を放置すると、取り返しのつかない事態になるかもしれないし、ならないかもしれない。地球温暖化、狂牛病(BSE)、遺伝子組み換え食品から、養殖サーモンやハマチに含まれる重金属やダイオキシンはどのくらい食べても大丈夫かといったことまで、この科学の限界に存在している問題は多そうです。
福岡: 科学の限界に突き当たったらどういう風に判断をしていかなければならないかという次の問題が出てきますよね。私は、人間の物事の判断には「真・善・美」の3つのフェーズ(相)があると思っています。カントじゃないですが(笑)。これはどちらがどちらに優先するということはありません。
「 真」は科学的な手法によって真か偽か見極められるフェーズです。二酸化炭素濃度が0.0370%から0.0371%に上がったことを見つけられる解像度の高い手法を私たちは持っています。二酸化炭素の上昇が年々起こっている。これは真。でもこれが地球温暖化に関わっているかどうかは見極められない。ここから先、この問題は真のフェーズを離れるわけです。私たちは未来のために対策をすべきかどうか、それは私たちが何を「善」と考えるかの問題ですよね。それは科学者ひとりが考えるべきことではないし、政治家だけが判断することではない。リスクを被る可能性のある社会のみんな、つまり市民がこれについてどうするか考えなければいけないんです。
青木: 私は、取り返しの付かない事態が起こる可能性があるなら、かなりの努力をしてでも安全なほうにいるのが善だと思う派です。でも、世の中にはそう思わない人もいるみたいで。
福岡: 問題なのは、今、真のフェーズと善のフェーズがごっちゃになっていることです。つまり、科学的に見極められる真偽のレベルと、そうすべきかすべきでないかという善悪のレベルがごっちゃになっている。たとえば私が研究している狂牛病では、アメリカ産牛肉を輸入すべきかすべきでないか、全頭検査をすべきかすべきでないかという議論があります。これはじつは科学的には今は見極められないところにある問題です。病気自体にまだ解明されていないことが多いし、全頭検査でどれだけ見つけられるかも本当のところはわかりません。アメリカ産牛肉がどのくらい感染しているかだって、そもそもアメリカが調べていないので未知数です。
青木: 福岡さんを始め、相当な研究を重ねていらっしゃる科学者の方には失礼な言い方かもしれませんが、アメリカ産牛肉を食べ続けてどうなるか、まだ全然わからないわけですね。たいしたことにならないかもしれないし、たとえば30年後に病原体の実態が判明して発病の可能性がある人が続出していたりすることだってありえる?
福岡: そのあたりは本当にわからないのです。ただ、今の試算では、これから日本で狂牛病で死ぬ人は多く見積もって10人くらいしかいないのです。「一方で、日本で年間に交通事故で死ぬ人は7000人、自殺する人は3万人。死者の数だけで見れば優先順位はつけられるでしょう」と、全頭検査をしていないアメリカ産牛肉の輸入再開へ政治的な議論は進んでいくわけです。
でもこれは真偽のフェーズと、そうすべきかすべきでないかという善悪のフェーズを混同した議論です。ひょっとして放置すると危ないからこそ、善悪の判断は市民が考えなければならないのですが、日本では市民と科学者が集まって議論をするコンセンサス会議のようなものがあまり成熟していない。それで官僚が「リスクコミュニケーション」と称して、人を集めて科学的知見をアリバイ的に解説して終わりという風になっている部分があります。ここをよく見極めなければいけない。
青木: では3つめの「美」のフェーズとは?
福岡: 真・善と判断をしてきた先にあるのが「美」の判断だと思います。言ってみれば、遺伝子組み換え食品が美しいと感じるか美しくないと感じるか。原子力発電が、臓器移植が美しいと感じるか感じないかです。この判断は個人の審美眼というか、その人が生きてきた経験の総体としてそれを嫌だと思うかどうかということです。科学的に真であっても、私には美しくないと思えるということはあると思うんです。その場合は真であるからといって無理に受け入れる必要はない。
このように、判断には違うフェーズがあるので、それらをごっちゃにして議論してはいけないというのが、科学を考える上で大事なことなんじゃないかと思います。
青木: 今回ぜひ伺いたかった話が出てきました。最近私が感じるのは、“資本至上主義”が暴走していて、お金を儲けたい人の意向で科学が道具のように使われていることです。たぶん、真善美のフェーズをわざと混同させているんだと思いますが、科学的に真なのだと言われると、おかしいな、気持ち悪いなと思ってもなかなか反論しにくい雰囲気も世の中にある気がします。それで、資本と政治が科学を人質にとって進んでいく。それを受け身で見ている人が多いことに焦りを感じています。市民として、新しい技術が使われることに「待った!」をかける動きがもっとあってもいいのではないでしょうか。せめておかしいと思うものを買わないことで抵抗するとか。
福岡: うん、そうですね。あともうひとつは、狂牛病の牛が発見されましたとか、アメリカ政府が圧力をかけてきたので輸入再開になりましたとか、いろんな事象が断片的に報道されているけれども、その瞬間ごとの微分的な解析だけではなく、連続した時間の軸を持って考えないといけないなと思いますね。
青木: あるニュースにみんな驚いても、けっこうすぐ忘れて次のニュースに夢中になる傾向は最近とくに強いと思います。
福岡: ニュースって、ひとつあるとそれに類似のニュースが続々と出てきますよね。そうすると今あたかもその現象が世の中で増加しているように見えます。でも単にメディアや記者の中でのトレンドでそれを取り上げているに過ぎなかったりする。
青木: エレベーターとか、菓子袋に虫が入っていたとか(笑)。
福岡: そうそう(笑)。でもそれはおそらくそれまでにもずっと起こってきたことなわけですよ。
青木: インターネットのせいもあると思います。大新聞のサイトですら、ページビューを稼ごうと話題のニュースを集中的にトップに掲載している。日本の世論のもとになる媒体という自覚を持って、断片的なニュースを時間軸でつなげて見せることをもっとしてもらいたいです。
福岡: まずは自分から、定量的な議論(前回の記事参照)ができるようになっていくことが大切です。知ることが、偽物から自由になることなのです。
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福岡伸一さん 分子生物学者
1959年東京生まれ。京都大学卒。ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、現在、青山学院大学教授。専攻は分子生物学。『もう牛を食べても安心か』(文春新書)など著書、訳書多数。科学ジャンルとしては驚異的な45万部を記録した『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)では、第29回サントリー学芸賞を受賞。