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更新日:2006年4月14日 RSS

きもの遊び あるいは京都暮らしも、猫さえも

京都の町家で暮らす女性は、どんな風に着物と、季節とつきあっているだろうか。そんな問いかけに応えてもらっているような、古都からの季節の便り。暮らしぶりも少々添えて。 文・写真:麻生圭子
その3 大島の小袖


 西暦の最初の数字が、一から二に変わろうという、師走のことでした。

 あるきもの雑誌から、あるきもの作家の作品を着てほしい、というお話をいただいたのです。何でも毎回、ひとりの女性が登場し、作家はその女性をイメージして、きものを創作するのだという。つまりは、私をモデルに、きものを創ってくださるということです。

 喉から手が出るようなありがたいお話でしたが、困りました。京都の作家さんだというのです。ということは京友禅でしょうか。その頃の私ははんなりしたきものには抵抗があった。そんな気持ちで創作していただくのでは、作家さんにも失礼になる。ここはやはりお断りすべきだろうと、と雑誌社の人には、正直に話しました。

 ところが、雑誌社の人は、

 「いえ、そういう麻生さんに、ぴったりのきものなんです」

 という。ほどなく、過去のグラビアのコピーが送られてきたのでしたが、なるほど、と思いました。私の好みにぴたりと合ったきものだったのです。

 だって、大島なんです。大島なのに、訪問着や付下げ(*1)のように、肩や裾だけに織文様が入っているのです。それに合わせた袋帯も、同じような色合い、深い茶色です。でも、そこに金で、絵が描かれている。深い茶色に金、確か、李朝の家具に、真鍮の金具を使ったものがありますが、あういう感じでしょうか。

 改まってはいるけれど、きらびやかではない。

 大島はどんな高価なものでも、ふだん着にしかならない、そう教わっていましたから、目から鱗です。むずかしいことはわかりませんが、これなら、立食の結婚パーティなら着ていけそうです。それに作家さんが、私をイメージしてつくってくれる、こんな機会、いくら京都にいるからって、滅多にあることではありません。ページのコピーを見るや否や、

 「喜んで、今回の企画、受けさせていただきます」

 そう弾んだ声で、雑誌社の人には連絡を入れたものでした。

 訊けば、何かの雑誌で父の大島を着ている私を見て、次回はぜひこの人に、と作家さんのほうから、推薦してくださったのだそうです。

 撮影の前に、打ち合わせを、ということになり、もちろん父のきものを着て、工房へ伺いました。その世界ではずいぶん人気のある方だという、まして京都人です、少々、緊張もしたのでしたが、お目にかかってみたら、作品によく似た方でした。髪をうしろで括り、大島紬で拵えた作務衣に、袖無しの羽織をお召しでした。染織作家というより、江戸のころのお医者さん、といった風貌です。

 改まってはいるけれど、きらびやかではない。

 京都人特有の、婉曲すぎる物言いでもありませんでした。

 さっそくいくつかの作品を見せていただきました。イメージしてつくったものが気に入らないときは、ここにある他の作品を着てもらってもいい、という。好きなものを着てもらうのがいちばんだから、と。どれも大島ですから、気に入らないものはないのですが、そのなかでひとつだけ、際だって、心引かれるものがありました。

 それは大島特有の織り文様ではなく、無地の大島に赤茶で絵が描かれていました。何かの古代の壁画のようにも見えます。じっと見入っていたら、

 「麻生さんは古いものがお好きと、伺ってましたから」

 「これ、世界史の教科書に載ってる、洞窟の壁画に……」

 似ている、というのは非礼な言葉になるかも、と咄嗟に飲み込んだのでしたが、作家さんは、大きく頷きながら、奥からぶ厚い美術書を持ってきてくださった。スペインのアルタミラの洞窟の壁画が載っているページに栞が挟んである。

 「これを見ていたら、麻生さんと重なったもんですからね」

 矢を持ち、狩りをしている人や馬や牛のプリミティブな文様が、流れるような意匠で組み合わされて、描かれている。スペインと京都が手をつないだような、大きさがある。

 その一方で、奄美大島の織と京都の染めもまた仲良く手をつないでいる。

 京都だけでなく、奄美大島にも工房を持っていて、そこで染めているのだという。国籍やら産地、時間を超越してしまっているんですね。

 「これは訪問着なんですか」

 「私は小袖と呼んでいます」

 なるほど、訪問着だ、何だのという、むずかしい約束ごとも超越していた。

 雑誌ではそれを含めて三枚、着せていただくことになりました。

 作家さんからは、ナチュラルメイクで、髪も結い上げたりしないように、という指示がありました。あとの二枚は、一枚は流れるような桜、一枚は片身が無地、片身が織文様、というものでした。

 余談ですが、こういう撮影で使用するきものというのは、本縫いがしてないんですね。洋服でいうところの仮縫い状態です。胴裏(*2)もついていないし、前からしか撮らないものは、背中も縫い合わされていません。だから、きもの雑誌のグラビアは、誰が着ても、おすましした、グラビア・ポーズなんですね。着付けもふだんとは違うんです。おはしょり(*3)にはプラスチックの板を入れ、どこもかしこもシワ一本も許すまじ、といった按配。

 撮影は朝の九時からでしたが、作家さんも立ち会ってくれました。

 「先生、イメージ通りだって、とても満足なさってますよ」

 雑誌社の人から、そう聞き、こちらも安堵の溜息でした。

 グラビアのコピーを見たときから、ほしいなあ、と思っている私は、その値段をさりげなく雑誌社の人に訊いてみました。ところが織り模様のものは、三百万円だという。聞くなり、はしたなくも、ひぇー、という声が出てしまいました。

 そうか、じゃ、アルタミラのきものは、もっとするんだろうなあ、と思っていたら、こちらは織文様ではないから、その三分の一の、百万円なんだそうです。

 安い。だったら、身を乗り出したのは、ほんの一瞬でした。

 百万円、私には高いです。分不相応です。

 でも、私をイメージしてつくってくださった、この世に一点しかないものです。それもアルタミラ。そんな思いが通じたのでしょうか。撮影が終わったとき、雑誌社の人が、

 「麻生さんが本当に気に入ってくださったのなら、先生、このくらいでお分けしたいとおっしゃってましたよ」

 と、片方の指で数字を表した。思わず、目を見開いてしまいました。

 でも、即答はできませんでした。というのも、ちょうど町家の修復費用がかかり過ぎだと、うちの経理担当(母です)から、経費削減を言い渡されたばかりだったのです。

 その夜、おそるおそる、経理担当に訊いてみました。

 ところが、予想に反して、母、「まあ」と、感嘆の声を上げ、

 「そういうきものは一期一会なんだから、ぜひ譲っていただきなさい」

 という。きものとなると、母の金銭感覚は狂ってしまうようです。

 いや、よかった、よかった。翌日、その旨を、工房の方に伝えましたら、御代はいつでもいいから、すぐに届けましょう、という。折り返し、すぐに連絡があり、その日の夜、きものだけを後部座席に乗せたタクシーがうちまで回されました。バイク便ならぬタクシー便。善は急げ、すぐに仕立てに出せば、お正月に間に合うからということでした。

 しかし座敷で、風呂敷を解いてみて、また驚いてしまいました。

 きものだけではなく、帯、帯揚げ、帯留と、撮影で使ったものが、すべてが揃っていたのです。なかに手紙が添えられており、帯や帯回りのものは、きものを気に入ってくれたお礼に、と、達筆な筆文字で綴られていました。

 袋帯もアルタミラ。深い茶色の織に、金泊で図案が描かれている。京焼きの帯留にも金で牛の文様が。帯揚げ、帯締は焦げ茶。見事に、不要な色は削ぎ落とされています。

 ただし帯留だけが、八重桜の色。

 そのきもの雑誌は春号でしたから、帯留の色で春を表していたんでしょうね。

 すぐに仕立てに出し、東京の友人のお正月のパーティで、そのしつけ糸を解きました。お正月ですから、晴れやかなきものを着たおばさまたちの姿が、目を引きました。でも、私は私。すると、きものは嫌いと公言する知人が、そっと寄ってきて耳打ちです。

 「あういう目がちかちかするきものは、私、大っ嫌いなんだけど、あなたのはいいわ」

 ありがとうございます、こちらも小声で、答えました。

 それで自信をつけた、というわけではないんですが、さっそく、別の女性誌の「アート紀行」なる美術館めぐりの旅で、そのきものを着てみました。

 それが発売になったのは、四月の頭だったと思います。先生に、ご報告しなくちゃと、久しぶりに、工房に電話を入れました。ところが不在だという。何時に電話をすればいいか、とくわしく訊いたなら、別の方が電話口に出てみえ、春先に手術をし、入院をしているというのです。でも、手術は成功したので、心配には及ばないと、そして、その雑誌はもう見ていて、とても喜んでいたと、そんなお話でした。

 そのあとは手紙のやりとりを一度したくらいだったでしょうか。とにかく筆まめで、携帯用の筆を持ち歩いておられるような方でした。

 訃報を知ったのは、一年後の暮れのことでした。信じられませんでした。癌ということでした。人づてに訊いた話では、告知されており、余命を悟っておられたという。

 それで、とすべてが見えました。一日、一日を悔いのないように生きておられたんですね。だから善は、急げ、だったんですね。

 一期一会、あのとき母がぽんと背中を押してくれてよかった。

 ぐすぐすしていたら、ずいぶん後悔するところでした。

 もう一度、お目にかかりたかった、と悔やまれはしますが、でもこうして作品は生きている。年に何度か、このきものを纏うとき、ご縁は続いている、そう思う私なのです。

大島の小袖
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きものにまつわる名前、いろいろ


染色家・田中良和さん……

帯締、帯留は……

ピラミッドの壁画文様……

大島の小袖と同じ作家の……

陶器の……




*1
訪問着や付下げ
主に胸、肩、袖、裾などに自由に模様をつけたのが「訪問着」。仕立て上がったときに、模様が肩山、袖山を頂点にして前身頃、後ろ身頃の両面に、上向きに配置されるように染め上げたきものの模様付けを「付下げ」という。






































































*2
胴裏
袷(あわせ)の裾まわしの部分を除いた、胴の裏部分のこと。




*3
おはしょり
きものの身丈より長い部分を胴部でたくし上げて紐で締めて着る際の、そのたくし上げた部分のこと。 お端折り。





 

 










 

 

 

 



















 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


































エッセイスト 
麻生圭子
小泉今日子、中森明菜らの作詞家として活躍した後、エッセイストに。'96年から京都在住。'99年から町家暮らしを始め、'05年には築80年の町家へ。伝統に囲まれた暮らしぶりは、著書『東京育ちの京都案内』、『極楽のあまり風 京町家暮らしの四季』、『小さな食京都案内』などでも披露。
公式サイト
「Keiko ASO's SEASONing」
 
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photos & text/ Aso Keiko
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