更新日:2002年12月10日 RSS

マンマ・ミーア!人生に子どもが加わるってどんな感じ?

 


第15回(最終回)
ワーキング・マザーという選択


妊娠し、子どもが生まれたとたんに、
仕事か育児かで悩む女性が多い。
でも、ちょっと待って。
それって二者択一の問題ではないはず。
未来に向けて、今ここでもう一度考えてみたい。




悩みの多くは社会との関わり方

  連載もついに最終回になりました。思ったままにつらつらと書き連ねてきたような記事を今まで読んでくださった皆さん、本当にありがとう。

  BBSに参加するうちに、本当にさまざまな悩みがあるものだと実感。けれども、そういう相談を誰にも言えなかったという人も多く、カフェグローブにママ&プレママの交流の場ができたことは実にうれしいことだと思う。

  その中で私が気付いたことは、ユーザーのほとんどが社会との関わり方について不安を感じているということ。現在、もしくは出産前には仕事を持っていた女性にとって、仕事と育児というのは究極の選択のように思えてしまうのかもしれない。さらに、思いがけずに妊娠したというケースであれば、心の準備もできていないぶん、さらに悩みは深い。とはいえ、思いがけずに妊娠したといっても、避妊に失敗したというのではなく、避妊しないでコトに及んでいて、妊娠したとたん“困ったー”なんていうのであれば、それは無自覚すぎると思う。

  妊娠する可能性がある――子どもが欲しいと夫婦で考え、作る行為を重ねているのであれば、少なくとも「妊娠したら自分はこうする」というのを漠然とでもいいからイメージしておくことは必要なのでは。だからといって、産休がない会社だからと子作り(?)に入った段階で退社してしまうのも、見切り発車的で問題ありそうだけど。でも、まずは自分の心、それからパートナーの気持ちをしっかりと把握して、子どもを持つべきか、持つならいつがいいのかなどと自分なりに答えを用意しておくだけで(あくまでも予想でしかないけれど、それでOK)、そこから生まれる悩みの数はグンと減るはず。

  さて、ちょっと元に戻して。子どもが欲しくて妊娠したけれど、会社や仕事面で環境が悪くて悩む、というのは大いにあり得る。私も、制度上はなんの問題もないのに、上司の感情だけでマイナス評価にされた実体験があるわけで。

  そのとき私もお決まりのように、自分にとってやりがいのない仕事を回されている現状ならば、大事な時間を育児に費やしたほうがいいのでは、と思ったし。ダンナは仕事か育児を選ぶなんて発想は皆無で、男はずるいとまで思ったし。愚痴を言いながら働くために子どもを保育園に預けてしまうのは子どもにも失礼だと思ったし。もう、さまざまな思いが錯綜し、悩みまくった。

 
女性誌編集者歴15年。子どもファッションとオモチャにはメチャクチャ詳しい。自分の子どもに着せたい服、遊ばせたいオモチャがない、と、ベビー&キッズショップ「デイジーヒル」を我孫子にオープン。世界の知育玩具など、本物志向のママたちに喜ばれるアイテムをどんどん広めていくのが夢。デイジーヒルのサイトにて毎月コラムを執筆中。引き続き、皆さんからのメッセージや悩みの相談をお待ちしています。
「連載もついに最終回になりました。言い足りないことや、私の力不足で表現しきれなかったことがたくさんありますが、今日までマンマ・ミーア!を応援してくださった皆さん、本当にありがとう。どこかでまたお会いできることを楽しみにしています!」


Back Number
 
育児と仕事は決して対立関係ではない

  でも、結論として今も私がこうして働いているのは、仕事と育児は二者択一の問題ではない、と気付いたから。私個人が生きた証として、社会のために働くことをあきらめる必要はないと気付いたから。

  望む望まざるに関わらず、育児は一時期のものであり、もし出産前の仕事に戻れないとしても、長い人生ではそれがかえってよい転機になることも、多くの女性のケースで知った。そうなると、私は何を焦って、何にしがみついていたんだろう、と心が軽くなった。

  育児とは原始的で、何よりも大切な営み。それが、いつしか理論武装され、こじつけのような育児ルールを押し付けられるようになってきた。たとえば、欧米式の育児があたかも優秀な子どもを作るかのようにあおったり、いわゆる3歳神話(3歳までは母親がべったりで育てないと、その後の成長に支障をきたすという説)と呼ばれる、母親だけを育児に縛り付けるような話が一人歩きを始めたり。

  これでは、自分には子育ては無理、とはなからあきらめてしまうワーキング・ウーマンが現れても仕方ないと思う。結局「母になる自信がない」「社会と関わっていないのは不安」、などという悩みが出ること自体、知識の詰め込みすぎ、頭でっかちになっている証拠なのかも。育児に必要なのは知識ではなく知恵だと言われることもあるように、それこそ、「案ずるより産むが易し」でいいのだと思う。


社会を変えていくチカラは私たち1人1人にある

  そして、これからは社会全体が育児を、ワーキング・マザー(ファーザー)をバックアップしていくようになるはず。でもそれはあくまで私たち自身が主導権を握って行うべきこと。行政が何かをしてくれると期待するのはもうやめよう。彼らが何かを行うとき、てんで方向違いのことが多いのは知ってのとおり。これからは、女性たちが積極的に育児環境を改善し、そんな動きの中で不都合が出た場合はその原因を解明していこう。産休、育休制度の徹底、企業内保育園への援助、待機児童問題、保育園の経営不振などなど、今すぐ手をつけなければいけないことはたくさんある。

  でも、たとえばこれを行政が考えると、「保育園の民営化」などという逆方向の発想が生まれてしまうのだ(民営化は低賃金による手抜き保育を助長するだけと以前書いた)。となると、それぞれの問題を解決できるのはいったい誰? 責任感のないマスコミ? 自称フェミニスト? 「輝ける未来のために!」と言いながら選挙対策に支持者の都合ばかり優先する政治家? そんな彼らに子どもたちの未来を託すなんてまるでブラックジョーク。

  こうして客観的に考えれば、親である、または親になる私たちが自分たちの問題としてすぐにでも行動していかなければいけないことを理解してもらえると思う。
未来の子どもすべてのために。
そして、女性の働く環境を整えていくために。
オープンの勉強会やシンポジウムに一度参加してみるだけでも何かが変わる。まずは、行動してみよう。

  働く女性の環境は私たちの親の時代から恐ろしい勢いで変化している。それなのに育児環境や意識が変化しないほうが不自然では。悩むより、一歩前に。カフェグローブのユーザー女性たちだからこそ持ち得る問題意識はとても重要。これからもみんなで話し合っていきたいと思う。どこかで皆さんにまた会えることを楽しみに。

  最後に、私が尊敬する育児の神様、内藤寿七郎博士の著書で、心のよりどころにしている『育児の原理』(第6回mamma mia!参照)からのメッセージを、ワーキング・マザーへの応援歌として紹介して、お別れします。今までありがとう!

  「仕事を持っている多くのお母さんの最大の悩みは、子どもと接する時間が短く、子どもに思うように母としての愛情を与えられないということでしょう。(中略)しかし、子どもへの愛情の深さは、けっして接触の時間の長短で決まるものではないのです。心からの母であるという強い気持ちを持っていれば、子どもと長時間離れていることも決して育児のマイナスにはなりません。(中略)短くても子どもと楽しい時間が過ごせるなら、それでいいのです。地球上で1人だけはいつも自分を理解し、全面的に受け入れてもらえる人間がいることを知らせればそれでいいのです」


up

このテーマについて
話そう!

<<第14回 出産祝い、どうする?

text / Nakatani Hal
illustration / Noji Chieko
Back Number