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25歳で単身NYへ。夢だった舞台女優の道を歩みつつ、居心地のよい生活を求めて日々工夫をこらす渡辺葉さんが見つけた、チープだけど贅沢、チープだけどオシャレな快適生活のヒミツ 【最終回】
文・写真/渡辺 葉
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最終回に、突然のご報告です。
この度、結婚しました!
半年に渡りおつきあいいただいた葉的紐育も、ひとまず今回で終了。お名残惜しい限りでござる。くくぅーッ……。
では最後にひとつ、めでたい話を――というわけでもないのだが、ワタクシ、結婚しました。この連載をはじめたころにはそういう話はカケラもなかったのだが、人生何が起こるかわからないものだ。
結婚しましょうかいね、という話がもちあがったのは3月のこと。相手は、バックナンバー「紐育バレンタイン事情」に登場いただいたJ・ルカくん。イタリア系アメリカ人の気のいい兄ちゃんです。結婚というものはこのままずっとしないかもしれないなあ――と思っていたので、自分でもこの展開にビックリなのだ。
「結婚って、家族単位の社会にとって必要かつ便利な制度のひとつにすぎないんじゃないの?」。そんな疑問を感じてもいた。2人の人間が惹かれあい分かち合うために、必ずしも政府の承認を得たり登録したりする(*1)必要があるだろうか?
それに、数年前に経験した別れがグッサリと傷になっていて、Jと会う前の私はとても警戒心が強くなっていた。「もう、自分の気持ちを完全に開いたりはしないもんね」とガードしていたのだ。一緒に暮らしていた相手、いちばん近い人と思っていた相手がある日突然見知らぬ人になる――そんなの二度と体験したくない、それならいっそ、ずっとひとりでいたほうがいい。心を開いたりしないほうがいい。そう思っていた。
でも、Jは今まで会ったどんな人ともちがっていた。Jと一緒にいると、何の気負いもなく自分でいられる。小学生みたいにふざけて延々と笑いこけたり、知らない人にも優しくなれたり、自分の中の知らなかった部分や「こうありたい」という部分が、どんどん引き出されていくのだ。
3月初旬のある日、照れながらプロポーズした後、Jは「でも、君とまだ結婚してないってこと自体、不思議なんだけどさ」と言った。会ってまだ半年も経っていなかったけれど、出会う前から知っているような、「親しみ」以上にわかりあえる感覚と、これからも一緒にいろんなことを乗り越えていくのだろうな、という予感を、私も確かに感じていた。
不思議なもので、いざそういう話になってみると、結婚という形がとても自然に見えてきた。何か、収めるべきものを収めるところへ収める――というような、妙にストンと納得してしまう感じ。政府への登録うんぬん……は二次的な産物で、結婚という「儀式」の核にあるのは、気持ちのどこか深い部分から出てくる互いへの誓いなのかもしれない、と思った。
Jが結婚を怖がっていない、というのは正直言ってちょっと意外だった。ニューヨークの男たちは「コミットメント恐怖症(*2)」がものすご〜く多いことで有名。アメリカの他の街だったら、「学校を卒業したら結婚して家庭を持つ」という感覚が普通なのかもしれないけれど、ニューヨーカーは「結婚? I'm not ready(まだ準備ができてないよ).」というタイプが多いのだ。というわけで、J・ルカ氏に突撃インタビューしてみました。
イ(インタビュアー):「このたび結婚されたわけですが、ズバリあなたの結婚観は?」
J:「葉に出会うまでは、正直言って結婚については考えたこともなかったし、自分がするなんて思ってもいなかった。でも彼女に会ったら、わかった(*3)んだ」
イ:「わかった、とは――?」
J:「これから一生を一緒に過ごしたいと思う人に出会ったとき、『妻』以外にその人にふさわしい言葉はない――そうわかったんだ。『ガールフレンド』じゃピッタリこないよ」
どこかで「ニューヨークの男たちがコミットメント恐怖症なのは、結婚して家庭を持ったらニューヨーカー(*4)ではなくなってしまうから」と読んだ気がするけれど、そうなのかもしれない。私の周囲も、幸せに結婚している夫婦ももちろんいるけれど、同年代でも年上でもシングルが多いのは事実だ。Jは10年ほどフロリダ州で育っているから、少し感覚が違うのかもしれない。
さて、私たちは5月初旬のある晴れた朝、市役所(*5)で式を挙げることにした。アメリカは州によって結婚の手続きも異なる。血液検査などが必要な州もあるけれど、ニューヨークの場合は身分証明になるものさえあればいいのだ。まずは、市役所に結婚許可証(*6)のための申請書を取りに行く。あらかじめ用意した小切手(*7)と引き換えに申請書をもらい、必要事項を記入してしかるべき窓口に提出する。そこで結婚許可証をもらったら、24時間後(*8)から60日以内に立会人1人を伴って市役所を再訪し、担当事務官に式を挙げてもらう。
人生の別の時期に結婚することになっていたら、「ちゃんとドレス着て結婚式して、みんなを招いてドカーンと披露パーティーしちゃうんだもん。ドレスなんか、3回くらい着替えちゃうんだもん」と思っていたかもしれない。でも今回は(……ってヘンな言い方か。「次回」はないと思うし)そういう気にならなかった。これはJと私の間の、とっても私的なこと――そんな気がしたのだ。だから、出席者はJと私、そして立会人になってくれた友人との、3人だけのささやかな式にした。
「J・ルカ・D――、あなたはヨウ・ワタナベを妻として娶ることを誓いますか?」
ふーん、本当に映画と同じ(というか、映画が現実に即しているんだよね)セリフを言うのか。「イエス」とJ・ルカ。続いて「ヨウ・ワタナベ、あなたは……」と私の番。ありゃま、こんなに簡単でいいの? ありゃまありゃま……と思いつつ「イエス」と答える。
「ここに、J・ルカ・D――とヨウ・ワタナベを夫婦として祝福します」
事務官の女性は部屋を出る間際、ふと立ち止まって私たちをじっと見つめた。「あなたたち……2人でいると、なんだかすごくいいエネルギーがあるわ。とても暖かい感じ。どうぞ、お幸せにね」
結婚して何かがすごく変わったかというと、そうでもない。以前と同じようにふざけあったり、ときどき喧嘩したり、一緒にお料理したり酔っぱらったりしている。でも気持ちのどこかで、何かが変わった。Jに対して「この人は、私の家族なんだ」と感じることで、自分の中の軸にどこか安定が加わったような感じがする。
私たちは「ふたりの間の誓い」として結婚という形を選んだ。でも、人によっては事実婚だったり、別の住居に住みながら共有できる時間を持ったり、いろんな形の関係があると思う。自分に合った生き方でいいのだ。「一緒に人生を築いていきたい」と思える人に出会ったとき、大事なのはふたりの気持ちだから。時に気持ちがすれ違っても、「この人と、わかり合いたい」という思いさえあれば、きっとうまくいくから。
思うまま、感じるままに葉的生活のあれこれを綴らせていただいたこの連載も、今回で最後。今までおつきあいありがとうございました。またどこかで、きっと、たぶん、願わくば近いうちに、お会いしましょう。それまで、お元気で――。
Best wishes & love,
渡辺 葉
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*1
日本では入籍だけれど、アメリカには戸籍がないので、結婚証明書の発行という形になる。

*2
“Commitment phobia”。ここではcommitは「忠誠を尽くす」とか「忠実である」というニュアンス。文脈によっては「(罪や過失を)犯す」とか「(精神病院に)収容する」という、全然ちがう意味にもなる。

*3
原文は“It made sense when I met her.” make senseとは「理にかなっている」「納得できる」という意味。

*4 家賃や子どもの教育を考えると郊外に出ざるを得なくなる、夜の外出も楽しめなくなる、などの理由だそうだ。

*5
ニューヨーク州で結婚の儀を行う権威を持っているのは、市長や市の担当事務官、判事、あるいは聖職者など。結婚=教会、というイメージがあるかもしれないけれど、実はいろいろチョイスがあるのでした。みんながみんな教会に属しているわけではないし、ね。

*6
Marriage license。「結婚してもいいですよ」と政府から許可をもらうのってなんだか妙な気がするけれど……。
*7
ニューヨーク市の場合、申請書の作成用に30ドル、式の際に25ドルの手数料を、小切手で払わなければならない。
*8
なんで24時間待たなければいけないのかよくわからないけれど、もしかしたら、頭に血が上って突発的に結婚する人々を押しとどめるためかもしれない。
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