みなさま。『葉的御気楽』シリーズ恒例、最終回のビッグ・サプライズ(*1)の時間がやってまいりました……なーんて、仕組んだわけではないのだが、自然とそういうタイミングになってしまったのだ。前回ちょこっと触れた「わが家で進行中の一大プロジェクト」とは、ジャジャーン♪ J・ルカとワタクシ、この春、ニューヨークを離れることになりました! ふたりが目指す新天地は、オレゴン州ポートランド。ニューヨークからは、アメリカ大陸を挟んでちょうど反対側に位置する街であります。 ニューヨークを離れようと決めたのには、いろんな理由がある。そのいくつかをこれからお話ししましょう。 ニューヨークを出てどこに行くか?という問題にもいろんな候補があって。J・ルカとあれこれ話しながらいろいろ考えて、そんなプロセスの中からふと浮上してきたのがポートランドだった、というわけ。 ひとつ確実に言えるのは、これはJ・ルカとふたりだからこそ、出てきた方向性だということ。私ひとりだったら、ポートランドというオプションはなかったと思う。J・ルカの持っている何かと、私の持っている何かが作用しあって、ポートランドという選択にピンと響くものがあったのだ。 変化に気づいたのは、昨年夏、J・ルカと一緒に日本に旅行したときのこと。成田発の飛行機がJFKに着いて、イエローキャブがマンハッタンへと近づいてくるとき、なんだか気持ちが晴れないことに私は気がついた。ニューヨーク生活9年間の中で、「マンハッタンに帰ってきた!」と心が躍らなかったのは、初めてだった。 アパートに帰って猫たちと再会できたのはうれしかったけれど、街を歩いてもやっぱりモヤモヤした何かを感じていた。空気が悪く、歩けば排気ガスやそのほか得体の知れない臭いが常に漂っている。ビルの谷間から見上げる空は、深い深い水槽から見上げる水面のように遠くて、手が届かない。道路はゴミだらけ(*2)で、緑といえば歩道に植えられた街路樹や、限られた公園などにある樹たち。それも、根元ぎりぎりまでコンクリートに埋められて……。 街を逃げ出したくて、J・ルカと一緒に海へ出かけた。列車がロングアイランド(*3)に入ると、車窓の外には大きい空が広がった。駅を出て、ひとけのない眠ったような町を抜け、海岸へ向かう。歩きながら、ニューヨークに帰ってきて以来ずっと渦巻いていた“モヤモヤ”について、J・ルカに話してみた。「もっと緑の多いところに住みたい」という言葉が、口をついて出ていた。 その直後、赤ちゃん鳥に出会った。それは、東海岸一帯で起きた大停電(*4)の2日目のこと。J・ルカとふたりで近所の様子を見がてら歩いていたら、まだようやく羽が生え揃ったばかりの赤ちゃん鳥が大通りをピョコピョコと跳ねて、母鳥を探していたのだ。 やがて、母鳥が飛んできた。そうして母鳥は私たちの投げたパンくずを赤ちゃんに与え、飛び方を教えはじめた。ちょっと離れたところへ飛んではお手本を見せ、「ついておいで」というふうにチ、チ、とさえずる。でも赤ちゃん鳥はお腹がすいたと口を開け、羽をふるわせてうずくまるばかり。 停電中なので車通りは少なかったけれど、走っている車は信号がないのをいいことにビュンビュン飛ばしている。放っておけなくて、赤ちゃん鳥が飛び立てるようになるまで見守ることにした。脅威は、車だけではなかった。歩道を歩く人たちはヘッドフォンをつけていたり、携帯電話で話していたり、おしゃべりに夢中だったり。「赤ちゃん鳥がいるので、踏まないで」と言っても気がつかず、目の前で手を振ってようやく気づく始末なのだ。私たちが前後に立って守っていても、ローラーブレードや自転車がヒューッとやってきて、赤ちゃん鳥は何度もひき殺されそうになった。 「あんなに小さい鳥でさえ、この街には居場所がないんだね」。そう言うとJ・ルカもうなずいて、しばらく何か考えこんでいた。 日がとっぷり暮れても赤ちゃん鳥はまだ飛べずにいるので、私たちは赤ちゃん鳥を近くの街路樹の枝にのせた。母鳥はすぐにそれを見つけ、今度は枝に飛んできてエサを与えていた。翌朝戻ってみると、赤ちゃん鳥の姿も、母鳥の姿もなかった。いちばん恐かったのは、道に赤ちゃん鳥の屍が落ちていたら……ということだったけれど、それもなかった。朝早いうちに母鳥が赤ちゃん鳥を導いて、車通りの少ないところへ移ったに違いない――そう、私たちは話した。本当のところどうなったのかは、わからない。 赤ちゃん鳥の一件は、私たちふたりに深い印象を刻んだ。何が、と具体的に指すことはできないけれど、まるで私たちの中の何かがカチッと音をたてて、切り替わったみたいだった。「ニューヨークを出よう」とJ・ルカは言った。そうして私たちは、次にどこへ行こうか、案を出し合い、相談し始めた。 ロングアイランド? ウッドストック(*5)? J・ルカのおばあちゃまの住むフロリダも考えたし、私の弟が住んでいるサンフランシスコも候補にあがった。キーポイントは、 (1)海まで1時間以内に行けること(*6)。 (2)クルマ無しで(*7)生活できること。 (3)オーガニックの野菜が買えたり、自然保護のプログラムがしっかりしているなど、進歩的な気風の土地であること。 (4)できれば人種的にある程度混ざっていて、私が「町でたったひとりの非・白人」にならないですむところ。 候補に考えた土地のうち、サンフランシスコ以外は全てクルマが必要なので却下。でも、サンフランシスコの家賃はニューヨーク並みに高い。それにアーノルド・シュワルツェネッガー(*8)が知事になった今、正直言ってカリフォルニア州には住みたくない。じゃあどうする?――と考えあぐねていたとき、J・ルカがふと「ポートランドは?」と言った。 ポートランド? 私には“シアトルの兄弟分”くらいの認識しかなかったし、J・ルカはフロリダでバンド仲間だったサキソフォン奏者が「ポートランドの音楽シーンは面白いらしい」と言っていたのを覚えていたという程度。さっそくふたりで調べはじめ、昨年11月には様子を見に尋ねてみた。 ポートランドは、知れば知るほど私たちの求めていた条件にぴったりだということがわかった。街の中にはウィラメット河が流れ、車で1時間も行けば太平洋が広がる。市内は公共交通機関(*9)が発達していて、2種類の路面電車(*10)とたくさんのバスが走っている。街が広がりすぎて自然が破壊されるのを防ぐため、自治体が建物を建てられる範囲を限っているので、歩いて回ることもできる。 ダウンタウンにはビル街もあるけれど、市民が住む地域には緑があふれ、広い公園がそこら中にある。家賃も、ニューヨークの6割くらいという安さ。政治的にも、オレゴン州は保守的だけれど、ポートランド市は進歩的なことで定評がある。そして何より、空気がおいしい! 外に出た途端に深呼吸したくなるようなこと、ニューヨークではあっただろうか……? 9年前、私は演劇を勉強するためにニューヨークへ来た。1、2年したら日本に帰るかもしれないと思いながらオーディションを受け始め、舞台に立ち、それが面白くてたまらなくて、気がついたら数年が経っていた。人間というものにとにかく興味があったから、演劇を通じて自分の中のいろんな“人”を発見することも、共演者の中のいろんな“人”を発見することも、面白くてたまらなかった。舞台という無限の可能性を秘めた空間の中で、いろんな時代、いろんな世界の、いろんな人間たちの“生”を紡いでいくこと、それをお客さんと共有することに、他の何にも見出したことのない高揚感を感じていた。 初めの数年はどんな役でももらえれば嬉しかった。「演じること」、それしか見えなかった。でもいろいろな舞台を経験するうち、役者としての表現は、自分の与えられた役柄をどう演じるかにとどまってしまうことに、もどかしさを感じるようになっていた。他の役者の解釈や演出家の方向性、脚本などに疑問を感じても、役者としての立場では、自分の役を自分に納得がいくように演じるのが精一杯。作品全体が観客に何を語りかけるかということは、やはりどうしても共同作業で作っていくしかないのだ。 それが舞台の面白さであり醍醐味でもあるものの、私自身が多くの人に語りかけたいことを伝える表現手段としては、自分の思いを100%のせることができない場合も多々ある。自分で演出を手がけてしまえば大部分は解決するジレンマではあるけれど、「演出家になりたい」とは、あまり思わないのだ。そんなわけで、昨年の夏にやった舞台を最後に、今は演劇関係のオーディションを受けること、ワークショップに参加することは休止(*11)している。 舞台という場で自分が表現したいもの、伝えたいこと、そしてそのために何が必要かという展望が、今は以前よりもう少し具体的に見える。でも正直言って、一から作品を作り上げ、自分でプロデュースし、興行するのは大変なことだ。東京で一度、そんなふうに舞台を作ったことがある。でも、それをニューヨークでやろうとは思わない。 舞台に関してそんなふうに感じる一方で、仕事の量でも、表現手段としての自分の中での比重でも、私にとって「書くこと」がだんだん大きくなってきた。文章の世界では、観客と同じ空間で同じ空気を共有する充足感はない。でも、自分の言いたいことを思うままに紡いでいける自由がある。 演じることも、踊ることも大好きだし、ニューヨークを去るからといって自分の中でそれが終るとは思わない。でも今、どうしてもニューヨークにいたい――という理由が、私の中にはもう、見つからないのだ。 「わかるよ。僕も、音楽(*12)をやるためにニューヨークに来た。でも、いくつかのライブハウスでオープンマイク(*13)に出たり、だれとバンドを組めるか考えたりしているうちに、閉塞感を抱くようになってきたんだ。ここでは誰もが街の中に閉じ込められて、すべては“都会”というキーワードにくくられてしまう。商業的価値があるかないかだけが、評価の基準になる。この街には、インスピレーションを感じない。 ニューヨークを出ることを話し始めてから、気づいた。もっといろんな世界を見たい。森が見たい。砂漠が見たい。山が見たい。見たこともない色の海や、島が見たい。そうしていつか、音楽という形で伝えることへと、戻っていくかもしれない」 ポートランドにどのくらい住むかはわからない。いつかふたりで南の島に住みたいね、庭のあるところで自分で食べる分の野菜を作れたらいいね、などと話しているし、アジア各地や南米など、ふたりで旅したい土地がたくさんある。 ニューヨークを離れることには迷いもあったし、決断するまでに何度も自分の中で「本当にいいの?」と確認し、J・ルカとも話し合った。大切な友人たちと簡単には会えなくなってしまうことも、悲しい。でも、結局のところ、こう思うのだ。今まで歩んできた道とちょっと違う方向に行ってみようか――そんな思いが浮かぶとき、それが浮かんだ時点ですでに、何かが動き出している。その考えが本当に自分の求めるものかどうか検討するのはもちろん大切なことだし、「やっぱりやめよう」と思える勇気も時には必要だけれど。 2004年、春の夜空の下で 渡辺 葉 |
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