カフェグローブこれまでの“ふたり生活”……そして、今 - 渡辺葉の紐育御気楽ふたり生活

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更新日:2004年3月11日
 
葉的紐育御気楽ふたり生活

誰かと暮らすニューヨーク

大好評だった「葉的紐育……」の最終回で結婚報告をしてくれた渡辺葉さんが、今度は「誰かと暮らす、ということ」について語ってくれます。自分たちも含めたさまざまな「ふたり生活in NY」を眺めながら……。

文・写真/渡辺 葉


バイバイ、ニューヨーク!
新たな“ふたり生活”始めます。【最終回】


 みなさま。『葉的御気楽』シリーズ恒例、最終回のビッグ・サプライズ(*1)の時間がやってまいりました……なーんて、仕組んだわけではないのだが、自然とそういうタイミングになってしまったのだ。前回ちょこっと触れた「わが家で進行中の一大プロジェクト」とは、ジャジャーン♪

 J・ルカとワタクシ、この春、ニューヨークを離れることになりました! ふたりが目指す新天地は、オレゴン州ポートランド。ニューヨークからは、アメリカ大陸を挟んでちょうど反対側に位置する街であります。

 ニューヨークを離れようと決めたのには、いろんな理由がある。そのいくつかをこれからお話ししましょう。



  ニューヨークを出てどこに行くか?という問題にもいろんな候補があって。J・ルカとあれこれ話しながらいろいろ考えて、そんなプロセスの中からふと浮上してきたのがポートランドだった、というわけ。

 ひとつ確実に言えるのは、これはJ・ルカとふたりだからこそ、出てきた方向性だということ。私ひとりだったら、ポートランドというオプションはなかったと思う。J・ルカの持っている何かと、私の持っている何かが作用しあって、ポートランドという選択にピンと響くものがあったのだ。

 変化に気づいたのは、昨年夏、J・ルカと一緒に日本に旅行したときのこと。成田発の飛行機がJFKに着いて、イエローキャブがマンハッタンへと近づいてくるとき、なんだか気持ちが晴れないことに私は気がついた。ニューヨーク生活9年間の中で、「マンハッタンに帰ってきた!」と心が躍らなかったのは、初めてだった。

 アパートに帰って猫たちと再会できたのはうれしかったけれど、街を歩いてもやっぱりモヤモヤした何かを感じていた。空気が悪く、歩けば排気ガスやそのほか得体の知れない臭いが常に漂っている。ビルの谷間から見上げる空は、深い深い水槽から見上げる水面のように遠くて、手が届かない。道路はゴミだらけ(*2)で、緑といえば歩道に植えられた街路樹や、限られた公園などにある樹たち。それも、根元ぎりぎりまでコンクリートに埋められて……。

 街を逃げ出したくて、J・ルカと一緒に海へ出かけた。列車がロングアイランド(*3)に入ると、車窓の外には大きい空が広がった。駅を出て、ひとけのない眠ったような町を抜け、海岸へ向かう。歩きながら、ニューヨークに帰ってきて以来ずっと渦巻いていた“モヤモヤ”について、J・ルカに話してみた。「もっと緑の多いところに住みたい」という言葉が、口をついて出ていた。



  その直後、赤ちゃん鳥に出会った。それは、東海岸一帯で起きた大停電(*4)の2日目のこと。J・ルカとふたりで近所の様子を見がてら歩いていたら、まだようやく羽が生え揃ったばかりの赤ちゃん鳥が大通りをピョコピョコと跳ねて、母鳥を探していたのだ。

 やがて、母鳥が飛んできた。そうして母鳥は私たちの投げたパンくずを赤ちゃんに与え、飛び方を教えはじめた。ちょっと離れたところへ飛んではお手本を見せ、「ついておいで」というふうにチ、チ、とさえずる。でも赤ちゃん鳥はお腹がすいたと口を開け、羽をふるわせてうずくまるばかり。

 停電中なので車通りは少なかったけれど、走っている車は信号がないのをいいことにビュンビュン飛ばしている。放っておけなくて、赤ちゃん鳥が飛び立てるようになるまで見守ることにした。脅威は、車だけではなかった。歩道を歩く人たちはヘッドフォンをつけていたり、携帯電話で話していたり、おしゃべりに夢中だったり。「赤ちゃん鳥がいるので、踏まないで」と言っても気がつかず、目の前で手を振ってようやく気づく始末なのだ。私たちが前後に立って守っていても、ローラーブレードや自転車がヒューッとやってきて、赤ちゃん鳥は何度もひき殺されそうになった。

 「あんなに小さい鳥でさえ、この街には居場所がないんだね」。そう言うとJ・ルカもうなずいて、しばらく何か考えこんでいた。

 日がとっぷり暮れても赤ちゃん鳥はまだ飛べずにいるので、私たちは赤ちゃん鳥を近くの街路樹の枝にのせた。母鳥はすぐにそれを見つけ、今度は枝に飛んできてエサを与えていた。翌朝戻ってみると、赤ちゃん鳥の姿も、母鳥の姿もなかった。いちばん恐かったのは、道に赤ちゃん鳥の屍が落ちていたら……ということだったけれど、それもなかった。朝早いうちに母鳥が赤ちゃん鳥を導いて、車通りの少ないところへ移ったに違いない――そう、私たちは話した。本当のところどうなったのかは、わからない。

  赤ちゃん鳥の一件は、私たちふたりに深い印象を刻んだ。何が、と具体的に指すことはできないけれど、まるで私たちの中の何かがカチッと音をたてて、切り替わったみたいだった。「ニューヨークを出よう」とJ・ルカは言った。そうして私たちは、次にどこへ行こうか、案を出し合い、相談し始めた。



 ロングアイランド? ウッドストック(*5)? J・ルカのおばあちゃまの住むフロリダも考えたし、私の弟が住んでいるサンフランシスコも候補にあがった。キーポイントは、

(1)海まで1時間以内に行けること(*6)。
(2)クルマ無しで(*7)生活できること。
(3)オーガニックの野菜が買えたり、自然保護のプログラムがしっかりしているなど、進歩的な気風の土地であること。
(4)できれば人種的にある程度混ざっていて、私が「町でたったひとりの非・白人」にならないですむところ。

 候補に考えた土地のうち、サンフランシスコ以外は全てクルマが必要なので却下。でも、サンフランシスコの家賃はニューヨーク並みに高い。それにアーノルド・シュワルツェネッガー(*8)が知事になった今、正直言ってカリフォルニア州には住みたくない。じゃあどうする?――と考えあぐねていたとき、J・ルカがふと「ポートランドは?」と言った。

 ポートランド?

 私には“シアトルの兄弟分”くらいの認識しかなかったし、J・ルカはフロリダでバンド仲間だったサキソフォン奏者が「ポートランドの音楽シーンは面白いらしい」と言っていたのを覚えていたという程度。さっそくふたりで調べはじめ、昨年11月には様子を見に尋ねてみた。

  ポートランドは、知れば知るほど私たちの求めていた条件にぴったりだということがわかった。街の中にはウィラメット河が流れ、車で1時間も行けば太平洋が広がる。市内は公共交通機関(*9)が発達していて、2種類の路面電車(*10)とたくさんのバスが走っている。街が広がりすぎて自然が破壊されるのを防ぐため、自治体が建物を建てられる範囲を限っているので、歩いて回ることもできる。

 ダウンタウンにはビル街もあるけれど、市民が住む地域には緑があふれ、広い公園がそこら中にある。家賃も、ニューヨークの6割くらいという安さ。政治的にも、オレゴン州は保守的だけれど、ポートランド市は進歩的なことで定評がある。そして何より、空気がおいしい! 外に出た途端に深呼吸したくなるようなこと、ニューヨークではあっただろうか……?




  ニューヨークを離れようと思ったのは、私にとって、「ニューヨークでやりたいこと」が変化してきたからでもある。

  9年前、私は演劇を勉強するためにニューヨークへ来た。1、2年したら日本に帰るかもしれないと思いながらオーディションを受け始め、舞台に立ち、それが面白くてたまらなくて、気がついたら数年が経っていた。人間というものにとにかく興味があったから、演劇を通じて自分の中のいろんな“人”を発見することも、共演者の中のいろんな“人”を発見することも、面白くてたまらなかった。舞台という無限の可能性を秘めた空間の中で、いろんな時代、いろんな世界の、いろんな人間たちの“生”を紡いでいくこと、それをお客さんと共有することに、他の何にも見出したことのない高揚感を感じていた。

 初めの数年はどんな役でももらえれば嬉しかった。「演じること」、それしか見えなかった。でもいろいろな舞台を経験するうち、役者としての表現は、自分の与えられた役柄をどう演じるかにとどまってしまうことに、もどかしさを感じるようになっていた。他の役者の解釈や演出家の方向性、脚本などに疑問を感じても、役者としての立場では、自分の役を自分に納得がいくように演じるのが精一杯。作品全体が観客に何を語りかけるかということは、やはりどうしても共同作業で作っていくしかないのだ。

 それが舞台の面白さであり醍醐味でもあるものの、私自身が多くの人に語りかけたいことを伝える表現手段としては、自分の思いを100%のせることができない場合も多々ある。自分で演出を手がけてしまえば大部分は解決するジレンマではあるけれど、「演出家になりたい」とは、あまり思わないのだ。そんなわけで、昨年の夏にやった舞台を最後に、今は演劇関係のオーディションを受けること、ワークショップに参加することは休止(*11)している。

 舞台という場で自分が表現したいもの、伝えたいこと、そしてそのために何が必要かという展望が、今は以前よりもう少し具体的に見える。でも正直言って、一から作品を作り上げ、自分でプロデュースし、興行するのは大変なことだ。東京で一度、そんなふうに舞台を作ったことがある。でも、それをニューヨークでやろうとは思わない。
 舞台に関してそんなふうに感じる一方で、仕事の量でも、表現手段としての自分の中での比重でも、私にとって「書くこと」がだんだん大きくなってきた。文章の世界では、観客と同じ空間で同じ空気を共有する充足感はない。でも、自分の言いたいことを思うままに紡いでいける自由がある。

  演じることも、踊ることも大好きだし、ニューヨークを去るからといって自分の中でそれが終るとは思わない。でも今、どうしてもニューヨークにいたい――という理由が、私の中にはもう、見つからないのだ。




 そんな気持ちの変化をすべて自覚していたわけではなくて、これは自分の中にあるモヤモヤが何なのかJ・ルカに説明していくうちに見えてきたことだ。私が言葉を探しながら説明するのを、J・ルカはフムフムと聞いて、こう言った。

 「わかるよ。僕も、音楽(*12)をやるためにニューヨークに来た。でも、いくつかのライブハウスでオープンマイク(*13)に出たり、だれとバンドを組めるか考えたりしているうちに、閉塞感を抱くようになってきたんだ。ここでは誰もが街の中に閉じ込められて、すべては“都会”というキーワードにくくられてしまう。商業的価値があるかないかだけが、評価の基準になる。この街には、インスピレーションを感じない。

 ニューヨークを出ることを話し始めてから、気づいた。もっといろんな世界を見たい。森が見たい。砂漠が見たい。山が見たい。見たこともない色の海や、島が見たい。そうしていつか、音楽という形で伝えることへと、戻っていくかもしれない」

  ポートランドにどのくらい住むかはわからない。いつかふたりで南の島に住みたいね、庭のあるところで自分で食べる分の野菜を作れたらいいね、などと話しているし、アジア各地や南米など、ふたりで旅したい土地がたくさんある。

 ニューヨークを離れることには迷いもあったし、決断するまでに何度も自分の中で「本当にいいの?」と確認し、J・ルカとも話し合った。大切な友人たちと簡単には会えなくなってしまうことも、悲しい。でも、結局のところ、こう思うのだ。今まで歩んできた道とちょっと違う方向に行ってみようか――そんな思いが浮かぶとき、それが浮かんだ時点ですでに、何かが動き出している。その考えが本当に自分の求めるものかどうか検討するのはもちろん大切なことだし、「やっぱりやめよう」と思える勇気も時には必要だけれど。




  この文章がみなさんの目にふれるころには、私たちはポートランドにいて、アパート探しをしているはずだ。そうしてニューヨークに戻って荷造りをし、ひと月後には猫たちを連れて新しい“ふたり生活”に飛び込んでいくつもり。前にも触れたけれど、ひとりではこんな運びにはなっていなかっただろう。人生の新しいページを開くようなこの流れに、そしてそれがJ・ルカとふたりで開くページだということに、私は今、とてもワクワクしている。




 1年にわたる連載におつきあいいただいて、ありがとうございました。「“ふたり生活”を営んでいる」あるいは「いた」というあなたと、また「いつか大切な人とふたりで暮らしたい」と思っているあなたと、この連載を通して一緒に考える機会を分かち合うことができたなら、心からうれしく思います。またいつか、お会いできる日が来ることを願いつつ――。

2004年、春の夜空の下で   渡辺 葉 












パートナーが「ライフスタイルを変えよう」と提案してきたら?
ふたりでいることが最優先。自分も変化につきあう!
相手が「変えたい」と思っているとき、自分にも何となく判るし同感できると思う。
「どう変えたいか」をまずは聞く。判断するのはそれから。
今の自分は変えたくない。残念ながら別の道を行くかも……?

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カップル Profile

9年暮らしたニューヨーク……
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ある日、海への道を……
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もっと緑の多いところで……
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赤ちゃん鳥に……
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母鳥は赤ちゃんに……
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次に見るのは……
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ポートランドを歩けば……
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またいつか……
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*1
前シリーズ『葉的紐育御気楽生活術』の最終回でも、みなさんを驚かせてしまった!? まだご覧いただいていないアナタ、ぜひご高覧くださりませ。

*2
前ジュリアーニ市長のときはそれほど気がつかなかったのだけれど、現ブルームバーグ市長になって、道路にゴミが増えた気がする。ブルームバーグが“ニューヨーク市の経済を救う”という名分で衛生や福祉などの予算を大量カットしたおかげで、道路清掃人員が少なくなったのだとか。ブルームバーグはジュリアーニ時代に定着した資源ゴミのリサイクル・プログラムを大幅に制限するなど、ゴミをわざわざ作り出すような政策を取った。(リサイクル・プログラムはようやくこの4月に再開されることになった。)

*3
ニューヨーク市の東に位置する半島。マンハッタンから電車で行ける。ロングアイランドに住んで、ニューヨークに通勤する人も多い。東京と千葉や湘南の関係と似てるかも。

*4
ニュースでも流れたのでご存知の方も多いと思う。2003年8月15日(日本では、終戦記念日。アメリカでは誰も気にしていなかったけれど……)のことです。



*5
ニューヨーク市の北西部にある街。70年代に大ロックコンサートが行われたことで有名。小さい町ながらアーティストも多く住んでいるという。


*6
ふたりとも、海がある程度そばにないと閉塞感を感じてしまうタイプだから。

*7
これは主に、石油にできるだけ頼りたくないし、排気ガスを出す一因になりたくないから。車が必要な場面はあるし、そういうときには利用はするけれど、できるだけ使わないで暮らしたい、というわけ。






*8
日本では「シュワちゃん」と親しまれているけれど、シュワルツェネッガーは共和党の中でも極右で、しかもヒトラーを「尊敬」していたと公言するナチ新派。数多くの女性に性的いやがらせをしたという事実もあるし、傲慢で横暴な人格を露呈する記事にことかかない。知事という公職に就くべき人間ではない、と私は思う。






*9
ここに挙げた路面電車&バス以外に、「黄色い自転車」というシステムがあるらしい。私たちが訪れたときには見かけなかったが、市の予算で黄色い自転車を買い、街中に置いておく。誰でも好きに乗ってよくて、用事が終ったら、そのまま路上に乗り捨てすればいい。そうして次の人がピックアップして、用事を済ませたら乗り捨てする……というわけ。オランダ、アムステルダムの「白い自転車」というシステムにヒントを得たと思われる。

*10
昔、浅草にあったような路面電車(Street Carという)と、地下鉄を路上に持ち上げたような「ライト・レール(Light Rail)」がある。違いはたぶん動力とか車体の違いなのだと思うけれど、私にはよくわからない……。でもどっちも便利で、かわいいのだ。



*11
友人がプロデュースしているプロジェクトに、ダンサーとして参加はしている。これはジャズ・ミュージシャンが奏でる即興の音楽にあわせて即興で踊るプロジェクトなので、やっていて楽しいし、演出家や脚本家に気兼ねすることもなく自分で表現できるから。でも残念ながら、「ニューヨークにいるならやりたいこと」ではあるけれど、「ニューヨークにいるべき理由」ではないのだ。



*12
J・ルカはフロリダでバンドのヴォーカルをやっていて、あちこちのライブハウスに出演していた。彼の場合は歌うことの前に詩を書くことがあって、書いた詩を音楽にのせる、という形で始まった。ちょっと他では聞いたことのない、独特の世界を持っている。

*13
ライブハウスやクラブで、我こそはという人たちが順番にマイクを握る形式のショー。有名な店にはよくエージェントが来ていて、そこからレコード契約ということもある。

Back Number

エッセイスト・翻訳家
渡辺 葉

'95年からニューヨーク在住。'02年に結婚、ふたり生活を謳歌している。Cafeglobeで大人気だった連載「葉的紐育御気楽生活術」も単行本化されて好評発売中(『ニューヨークで見つけた気持ちのいい生活』青春出版社刊)。


『ニューヨークで見つけた気持ちのいい生活』

渡辺葉さんの本はコチラから。





Back Number 葉的紐育御気楽生活術

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