




|
 |

東京に来てから何度も引っ越しの経験があるので、僕はちょっとした引っ越しマニア。
ダンボール箱の数の予測はほぼ外れないし、箱につけるネームは曲のタイトルよりももしかしたらキャッチーだし、閉じるガムテープの端は業者が開けやすいようになにげにロール状だし、ごそっといらないものはここぞとばかり捨てられるし。
何回か引越しを繰り返して、「引っ越しを楽にやるコツ」が最近ちょっとだけ分かってきた。それはむやみに「引っ越さない」こと。なんか生活を変えようとか、新しく始めようなどと力まずに、「ふふふふふん」と鼻唄歌いながら「持ち物をそのままざっくりダンボール箱へ移動する」。ただそれだけのかんじでいいみたい。そして身の回りの今使っている必要なものだけを「手持ちのバッグ」に入れ完了。
こうやって、ミニマルな生活だけは確保しておいて、畳んだ生活はしばらく放置、引っ越し先でゆっくり時間をかけて「開く楽しみ」とする。
「なるだけ普段の日と同じように淡々と引っ越しの日を迎える」
これが僕の思う「お引っ越しの理想形」。

しかしそんな引っ越し慣れした僕も、越した後にかならずかかる病気がある。携帯を落としたり、ドアの鍵を忘れたり、「なんで引っ越しなんかしちゃったのだろう」と半身浴しながらため息ついて考え込んだり。毎回こうなので友だちに話したらあっさりこう言われた。
「ああ、それって引っ越しブルーでしょ。マタニティブルーとかマリッジブルーとかあるでしょ。あれと同じ」
なるほどそうか。引っ越しとは、今までなにげに通っていた行きつけの飯屋や本屋などにさよならして、いきなり別の場所に移動する作業でもあるわけだ。表面上は、慣れたふうで淡々と引っ越しできるような「引越し大人」になったつもりでも、心の中には「せつない嵐」が吹き荒れているわけか。
新しい場所に適応するのは焦っちゃいけない。ちょっとずつ。ちょっとずつ。遅いくらい。
この「通過儀礼の時期」を大事に何ヶ月か過ごし、1個1個ダンボールを丹念に開き、自分の「前の生活の音」を復活させて「今の部屋の合う場所に響かせる」うちに、「新しい自分のそこでの和音」が徐々に聞こえ始める。そのうち気がつくと「引っ越しブルー」はすっかりおさまって、完全に荷物の蓋は開き、また自分は立派なその部屋の「王様」となっていたりするわけだ。
|
 |
 |



|