カフェグローブ1月 その2 アメリカ西海岸はコーヒーが美味なのだ。地元密着型カフェ&“おしおき”クッキー!? - 渡辺葉のポートランド通信

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更新日:2006年1月26日

渡辺葉のポートランド通信

文・写真/渡辺 葉



1月 その2

アメリカ西海岸はコーヒーが美味なのだ
地元密着型カフェ&“おしおき”クッキー!?


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 予期していた出会いではなかった。狙いは他にあったのだ。けれど彼をひと目見た瞬間、運命は決まった。私は人混みを縫って彼の前にたどりつくと、ナスか洋梨を思わせるその優雅な腰の曲線に手をのばした。艶やかな身体を美しい3本の脚が支え、白鳥のようにほっそりと優美な首を挑戦するかのようにもたげている。突然「彼が欲しい」という欲望が胸骨のまん中に生まれ、紙を焼き尽くす炎のように全身に広がっていった。私は手を伸ばし、彼を引き寄せ胸に抱いた。

 こうして、わが家に銀のコーヒーポットがやって来た。

 いえね、本当は友人の誕生日プレゼントを探していたのです。近所のヴィンテージおよびヴィンテージ・レプリカ(*1)のアクセサリー&雑貨の店をちょくちょく覗いていると、冒頭のような胸ドキドキの出会いがけっこうある、というわけ。
 愛する月兎印のヤカンにお湯を沸かし、さっそく銀のポットにコーヒーを入れてみた。豆は、地元のカフェ「スタンプタウン」のもの。たちのぼるチョコレートとトフィーの香り。ほのかにカシスのような爽やかな紫色の香りも感じられる。

 フレーバーコーヒーかって? 否、これはコーヒー豆そのものの風味なのだ。ひと口含むと芳ばしさが口から鼻腔に広がる。それでいて喉ごしは水のようにさらさらして、凡庸なコーヒーにありがちな嫌な後味はみじんもない。

 ポートランドに来て驚いたことのひとつは、コーヒーのおいしさだった。そもそも、街中にエスプレッソ・カフェがある。日本でもおなじみのスタバ(*2)はもちろん、地元ならではの独立系カフェがたくさんあって、あっちの角からもこっちの角からもあのなんとも芳ばしいコーヒーの香りが漂ってくるのだ。
 トルコの諺(ことわざ)では、おいしいコーヒーは「地獄のように黒く、死のように強く、愛のように甘美なもの(*3)」だという。

 英国下院初の女性議員ナンシー・アスター夫人(*4)とウィンストン・チャーチル首相の間には、こんな大人の機智に富んだやりとりがある。
アスター夫人「ウィンストン。もしもあなたが私の夫であったなら、あなたのコーヒーに毒を盛っているところだわ」
チャーチル「マダム。もしも私があなたの夫であったなら、そのコーヒーを飲み干しましょうとも」

 ……とまあ、古今東西さまざまな形で愛されてきたコーヒー。けれどアメリカでおいしいコーヒーが飲めるようになったのは、つい最近のことなのだ。たとえばローマやパリでは、ごく普通のカフェやバールでもトロリと濃くてまろやかなエスプレッソが飲める。でもアメリカの食堂で出てくるコーヒーは、電動コーヒーメーカーで一日中ふつふつと煮込んだ“茶色くて焦げ臭い水”に過ぎなかった。そんなアメリカ人のコーヒー観に一大変化が訪れたのは、80年代のことだ。

 ある取材で前述のスタンプタウンともうひとつのお気に入り「ワールドカップ・コーヒー」のオーナーに話を聞く機会があったので、「ポートランドやシアトルなど“環太平洋北西部(*5)”でコーヒーがおいしいのはなぜ?」と尋ねてみたら、ふたりとも「最初の変化はスターバックスだった」と言っていた。今では巨大チェーン化してしまい、スローライフ的感覚とは対極にある(*6)けれど、スタバは「一般アメリカ人においしいコーヒーとは何かを教えてくれた」のだ、と。

 けれども今、ポートランドのカフェからは“ポスト・スタバの行方”とも言える傾向が見えてきたように私は思う。



次のページでは……

スタバ・スタイルの先を行くカフェって? そして、“おしおき”ってお菓子は一体?>>
ポートランド


ひとめ惚れ……
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「スタンプタウン」の店内……
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コーヒーを飲みにくる人……
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プロのバリスタがいれてくれる……
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ポートランド一おいしい……
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頭から水を滴らせながら……
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*1
ヴィンテージやアンティークの雑貨などをモデルに再生産したもの。ちなみに、厳密に言うと100年以上を経たものが“アンティーク”でそれより新しいのは“ヴィンテージ”、となる。

*2
スターバックスの発祥地・ワシントン州シアトルは、ポートランドから車で1時間半ほど北上した街。

*3
“Black as hell, strong as death, and as sweet as love”

フランスの政治家タレーランもまた、おいしいコーヒーをこう定義している。
“Black as the devil, Hot as hell, Pure as an angel, Sweet as love.”

*4
もとはヴァージニア州の小金持ちの娘だったのだが、一度目の結婚&離婚の後で英国に移り、アメリカの大富豪であり英国の子爵でもあったウォルドーフ・アスターと再婚。夫の死後、後を継いで英国下院議員となった。肖像画によるとなかなかの美人だし、立身出世の鍵となったウォルドーフとは誕生日が同じ日だったりして、この人の人生なかなか面白いです。


*5
カリフォルニア北からポートランドのあるオレゴン州、シアトルのあるワシントン州、そしてカナダのブリティッシュコロンビア州の辺りをまとめてPacific Northwestと呼ぶ。そういえば、去年Cafeglobeの取材でオーロラを観に行ったホワイトホースの街にもおいしいカフェがたくさんあったし、多くの店ではオーガニック&フェアトレードの豆を使っていたっけ。

*6
スタバでドリンクに使っているコーヒーにはオーガニックやフェアトレードの豆を使用していない(豆としては販売している)、またこの世界チェーンが地元にやってくると風景が画一化してしまう……などの理由で、スローライフ主義者の中にはスタバを避ける人もいる。
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Profile
エッセイスト・翻訳家 渡辺 葉
渡辺 葉
ニューヨーク生活を経て、'04年春からオレゴン州ポートランドに移住。Cafeglobeでの人気連載2シリーズは『ニューヨークで見つけた気持ちのいい生活』『ニューヨークで見つけた気持ちのいい「ふたり生活」』として単行本化されている。


text & photos / Watanabe Yo
design / Takeue Tomoko


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