更新日:2006年2月23日 RSS


渡辺葉のポートランド通信


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 日本のテレビ局がオレゴンの取材に来た。レポーターは女優の高樹沙耶さん(*3)。州政府観光局の紹介で、食事をご一緒することになった。日本を離れてひさしい私は彼女の活動についてはまるきり無知だったのだけれど、初めて会ってからものの十数分もしないうちに「アレレ、こんなことまで話せてる!?」というくらい、いつも考えていることや感じていることを自然に語っていた。

 身の回りのこと。地球のこと。こんなふうに生きたいということ。身体に耳をすまして感じるものを、信じるということ。

 「大切な決断をするときには、お腹で感じるよね」
「そうそう、そうなの!」

 と盛り上がる私たちを、プロデューサー氏がそばで面白そうに眺めていたっけ……。それは、初めて会ったというよりも「やっと会えたね」という気のする出会いだった。彼女がふと口にした言葉が、印象に残っている。

 「同じような感覚、意識を持った人たちは、世界中にいる。そういう人たちとは、たとえ直接顔を合わせることがなかったとしても、つながっているんだと思うの」

 一瞬すれ違っただけなのに、いつまでも心に残る人がいる。あるいは、人づてに話を聞いただけなのにとても共感できたり、その人のことを考えるとなぜか温かい気持ちになったり。私の場合、東京からニューヨークに移り、それからポートランドに移り、その間も日本の出版物を通じて仕事をして……という生活をしているうちに、気がついたら友人のほとんどは遠く離れた街や国に住んでいる、という状態になっていた。東京やニューヨーク、ハワイ、インドネシア、英国……物理的には遠くにいる彼女たち&彼たちとも、いつもどこかでつながっている、と感じている。

 もっと身近で、ささやかな「つながっている」もある。
 春を迎える準備をしたくて、チューリップを買った。ほのかに紅を含んだオレンジと、桔梗みたいにピュアな紫と、5本ずつ。花を抱えたらうれしくなって、ひとりでニコニコしながら歩いていた。すると、向こうからやって来た女性がこちらを見てニッコリ。その後からすれ違った青年は、ちょっぴりはにかんだ顔で「ハロー」とあいさつしてくれた。

 小さな、なんということのない出会い。でも私が眉間にシワを寄せて歩いていたら、微笑みも「ハロー」もなかったかもしれない。チューリップが取り持ってくれた出会いだ。これも「つながっている」のひとつじゃないだろうか?

 ふたたびひとりで暮らすようになって自分でも興味深かったのは、以前独身だったときよりも、また結婚していたときよりも、生活のディテールをもっと楽しむようになったことだ。

 たとえば朝、コーヒーを飲みながらふと思い立って写真集を開く。19世紀末のパリの風景を眺めているうちに、フランス語の響きに触れたくなって(いつもは本棚に置きっぱなしの)コクトーの詩集を開く。

 えっとえっと……と文字をたどりつつ、昔懸命に勉強したはずのフランス語の語彙をほとんど忘れていることに気づいて、仏和辞典を開く。仕事に発展するわけではなく、なにか形になるわけではなく、ある意味では無為の行動。でも私にとって、自分と過ごすそんなひとときはとても楽しく、貴重だ。

 あるいは、自分のためにひとり分のおいしい料理を作る。シンプルだけどおいしいサラダのときもあるし、ワインや香辛料をたっぷり入れた鶏の煮込みなんかを作ることもある。そうして食事のときには必ず布のナプキンを使い、夜の帳が降りれば香りのいいロウソクを灯す。「ひとりの食事は寂しいのでそれを吹き飛ばす」ためではなくて、自分のためだからこそていねいに時間を過ごしたい、と思うから。
 きれいなもの、色や形に惹かれるものに触れること。心地のよい場所に行ってその場所の気配や、そこにいることで自分の身体がどう感じるかに耳を澄ますこと。「好き」という気持ちに臆病にならないこと。そういう時間や行為は、贅沢ではなくて、とても大切で意味のあることだと思う。

 ささやかな、たとえば、ちょっとした生活のディテールを整えたりすることで、自分の中の悲しさや寂しさを、楽しさや喜び、与えたいという気持ちに変えていく。自分のことを好きになって、ていねいに時間を過ごすことで、他の人や生きものたちにも幸せを分けてあげたくなるし、世界にもうひとつ優しさの粒みたいなものが増えていく……私はそんなふうに思うのだけれど、あなたはどうですか?

 カフェグローブでの最初の連載「葉的紐育御気楽生活術」や続いての連載「葉的ふたり生活」、そして今回の連載にも綴ってきたここ数年間で、私は少しずつ自分というヒトを楽しむことを覚え、そして感覚的に生きることを学んできた気がする。もちろん試行錯誤もあったし、まだまだ学びたいことはあるし、変化は続いていくだろう。そしてそれは、誰もが経験する「生きる」ということの一部なのだろう。
 で(エー、コホン)。その過程の、つまり「書く」ことの向こう側にいて、文章を受け取ってくれたあなたに「どうもありがとう」と言いたいのです。

 この文章を私はあなたの顔を見ることなく書いているわけだけれど、読んでくださっているあなたの存在はとても確かに感じてきたし、感じている。たとえば冒頭に書いた“青の刻”のことをあなたに伝えたいと数週間思い続けてきたし、その日その日で違う青の表情を見る度に、それについて書いた文章をいつか読んでくださるあなたのことも考えていた――というわけ。だから今こうして読んでくださっているあなたと私も、きっと「つながって」いるのです。


 一年間おつきあいいただいたこの連載、今回でひとまず終了です。日々折々の雑感を綴った他愛ない文章だけれど、ホッとひと息ついたり、元気の素を見つけたり、「ふーん、面白いじゃーん」というひとときを過ごしていただけたら書き手冥利に尽きるというもの。どうもありがとうございました。また近いうちにお会いできることを祈りつつ……では、またね!

春を待つポートランドで、
日没後の“青の刻”を眺めながら

渡辺 葉



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アナタは“青の刻(とき)”に遭遇したことがありますか?>>
ポートランド

春を迎えるために……
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お気に入りの……
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幸せの粒を……
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愛でる……
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それではみなさま……
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*3
雑誌などで見かけるたびにきれいな人だなーと思っていたのだけれど、直接お会いしてみたら一層麗しくて、ワタクシ惚れてしまいました。周囲への心遣いや生き方におけるバランス感覚、そしてものごとを見つめるまっすぐな視線がとても素敵。女優であるだけでなく、ドキュメンタリーや写真などさまざまな媒体で活躍していらっしゃるようです。世界中を旅して自分で写真を撮影し、文章も書き……というフォト&エッセイのサイト「Saya:natural mode」はhttp://saya.pentax.co.jp/index2.html
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渡辺葉のニューヨーク ふだり暮らしエッセイ
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Profile
エッセイスト・翻訳家 渡辺 葉

ニューヨーク生活を経て、'04年春からオレゴン州ポートランドに移住。Cafeglobeでの人気連載2シリーズは『ニューヨークで見つけた気持ちのいい生活』『ニューヨークで見つけた気持ちのいい「ふたり生活」』として単行本化されている。



text & photos / Watanabe Yo
design / Takeue Tomoko