カフェグローブ第36回 映画監督・作家 エトガー・ケレットさん - Frill me, Thrill me! インタビュー

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更新日:2008年2月13日

Frill me, Thrill me!私たちが心躍るもの

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エトガー・ケレットさん
VOL. 36
映画監督・作家
エトガー・ケレットさん
カンヌ映画祭でカメラ・ドールを受賞
イスラエル出身の監督が描いたものは?
エトガー・ケレット
1967年テルアビブ生まれ。国内外で高い評価を受けるベストセラー作家であり、著書は22ヶ国語に翻訳されている。映像作家としても活躍し、96年には短編作品『Skin Deep』でイスラエルのアカデミー賞を受賞。長編デビュー作『ジェリーフィッシュ』で2007年カンヌ国際映画祭カメラ・ドールを受賞。映画制作、小説執筆のかたわら、テルアビブ大学映画学科にて講師もつとめている。『ジェリーフィッシュ』の共同監督シーラ・ゲフェンは公私にわたるパートナー。



人生をうまくコントロールできない登場人物たちは
まるで、海に漂うクラゲのよう

 昨年のカンヌ国際映画祭で、最も有望な新人監督に贈られる「カメラ・ドール」を受賞したイスラエルの監督、エトガー・ケレットとシーラ・ゲフェン。受賞作の『ジェリーフィッシュ』は、イスラエルのテルアビブの街を舞台にした3つのストーリーから成っている。そこに描かれているのは、親子や夫婦の報われない愛情やうまくコミュニケーションできない孤独感。どのストーリーにも海のモチーフや映像がたびたび登場するのが印象的だ。

 「この映画のきっかけとなったのは、妻のシーラが子どもの頃に体験した強烈な記憶。家族で海に行った彼女は、両親にすぐに迎えに来るからと言われて、浮き輪をつけてひとりで海で遊んでいるのですが、その間に彼らはケンカを始めて娘の存在を忘れてしまう……。大人にとってはほんの短い時間だったかもしれないけど、彼女にとっては恐ろしい体験だった」

 そこが出発点となって、今回の映画では、さまざまな感情を象徴するものとしての「海」が描かれることになった。

 「海に対する愛着と恐怖。それがこの作品のベースにあるものです。海の中では自分の思うように動けないのと同じように、人生においても自分の意志とはまったく別の方向に流されてしまうことがある。この映画の登場人物たちは、運命を自分で決められると思いながら、うまくコントロールできないでいる。それを象徴的に描くうえで、海が重要なモチーフとなっているのです」

 タイトルの『ジェリーフィッシュ(クラゲ)』には、海の中に漂うだけで自分の力では動けないものの象徴、という意味がこめられているのだそう。

 また、海に面した都市であるテルアビブで生活している彼らにとって、海を主役に映画を撮るというのは自然な流れだった、とも語る。

 「思想的な偏向が充満するイスラエルの現実のなかで、海は唯一、人々がパスポートや社会的な地位に縛られずに、ありのままの自分でいられる領域なんです」


予想外の出来事から深みが生まれるのが
映画の魅力

 これまで文筆活動がメインだったケレットさんにとって、映画の仕事は発見の連続だったそう。

 「映画を撮り始めたころは、予想外の出来事が起こることが非常に怖かった。小説は計画を立てて、それに従って進めていけばいいけれど、映画は天気からスタッフの体調まで、自分の力ではどうにもならないことばかり。でも、それに慣れてくると、現場で生まれる新しいアイディアをうまく生かせるようになった。たとえば、警察署のシーン。何ヶ月も前に撮影許可を取った場所が、直前に使用できなくなり、急遽別の場所を探すことになった。それが狭くて暗い部屋だったので撮影前は心配していたんですが、かえって警察官の抱える閉塞感が画面に現れて、いい映像が撮れたと思います」

 難航したキャスティングも思わぬ効果を生むことになった。

エトガー・ケレットさん  「新婚の夫役の男性が決まらなかったときに紹介されたのが、ロシアからの移民でロシア語のなまりがある役者さんだった。流暢に英語を話す役設定だったので迷いましたが、ロシア移民の彼を迎えたことで、むしろ自分たちが想定していなかった多様性が生まれた。イスラエルに移民してきた“外国人”としての彼が、ケガをした新婦を抱えて歩くということで、移民として初めて自信を持てたというエピソードにつながり、作品に深みが生まれたと思うんです」

 映画を撮るにあたって影響を受けた映画監督は、アキ・カウリスマキやコーエン兄弟、テリー・ギリアム。特に今回の作品はアキ・カウリスマキの作品のような映像を意識したという。

 「妻と2人で彼の作品をずいぶん観ました。人がしゃべらないのに、しっかりしたメッセージが伝わってくる。そういう作品にしたかったので、影響を受けているところがあると思います」

 フィリピン人のメイドが息子に買おうと毎日ショーウィンドー越しに眺めているおもちゃの帆船、著名な芸能人である母親が出演しているチャリティのポスター、といった何気ないモノたちが、あるシーンでは言葉よりずっと強いメッセージを発して、観ているものの胸を打つ。それがこの映画を、美しいだけではなく力強いものにしている。


カメラ・ドール受賞で変わったのは
映画を観てもらえるチャンスが増えたこと

 昨年の受賞から半年。彼らを取り巻く環境はどんなふうに変わったのか。

 「受賞によって変わったのは僕らではなくて作品のほう。僕らは今までと同じ時間に食べて、寝てという生活を繰り返しているわけだからね。ただ、賞をきっかけに多くの観客のもとにこの映画を届けられるようになった。これは撮影中は想像していなかったから、とても嬉しいこと。あとは、次回作に向けてスポンサー集めなどの作業がラクになった(笑)。これは現実的な話だけど」

 次回作は、4月にオーストラリアで公開予定のアニメーション作品。彼の短編小説を元にしたもので、脚本も担当しているのだそう。「撮影現場のワサワサとした雰囲気も好きだけど、今はまたペンが恋しくなってる」とのこと。映画と小説とバランスよく仕事をしていきたいと語る。

 『ジェリーフィッシュ』の登場人物たちは、海を漂うクラゲのように、人生をコントロールできないもどかしさに悩むけれど、最後にはそれぞれに希望の光が差す。それを予感させるモチーフとして登場するのもまた、海。そこに、2人の監督の海への信頼が感じられる。


text / Miyamoto Hiromi
photos / cafeglobe
 
『ジェリーフィッシュ』 
監督:エトガー・ケレット、シーラ・ゲフェン
出演:サラ・アドラー、ニコール・レイドマン、ゲラ・サンドラー、ノア・クノラー
3月15日より渋谷シネ・アミューズほか全国順次ロードショー
『ジェリーフィッシュ』サイト

あらすじ
結婚式場で働く女性バティアは、浮輪をつけたまま何もしゃべらない不思議な女の子に出会い、週末だけ預かることになる。花嫁のケレンは結婚披露宴の最中に骨折し、新婚旅行を諦めてテルアビブ市内のホテルに泊まるが、そこで花婿は謎めいた女性に出会う。フィリピンから出稼ぎに来たジョイは、ひとり暮らしで気難しい老女マルカのヘルパーになる。うまく気持ちを伝えられず、切ない思いを抱えて生きる彼らが、最後に見つけたものは……。

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