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更新日:2008年10月23日 RSS

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小渕優子さん
Vol. 56
衆議院議員/少子化対策担当大臣
小渕優子さん
今の私だからできる仕事がある
「悩みながら共に歩む大臣」でいたい
小渕優子 (おぶちゆうこ)
1973年生まれ、東京都出身。衆議院議員。当選3回。成城大学経済学部経営学科を卒業後、東京放送(TBS)に勤務。父の総理大臣就任を期に退社して総理大臣私設秘書となる。2000年5月、父の急逝にともない群馬県第5区から出馬し当選。2008年9月、麻生内閣の組閣に伴い、内閣府特命担当大臣(少子化対策担当・男女共同参画担当)に。戦後最年少での入閣を果たす。
小渕優子さんのサイト



“普通の幸せ"を捨てて
政治の世界に飛び込んだ

 小渕優子。今やその名前を知らない人がいないであろう政治家のひとりとなった。戦後最年少で入閣した若き少子化担当大臣、1歳の子どもを持つ子育て真っ最中の女性でもある。

 「政治家になろうとは思っていませんでした」と言う。これもよく知られているように、現職の首相だった父の死で後を継いだ。父が首相に就任したのは、大卒後、テレビ局に勤務していた時のことだった。

 大好きな父は、就任当初猛烈なバッシングを受けていた。「父は国民の声は率直に聞かなければ、と言って、批判記事の載った週刊誌を積んで順番に読むんです」。その姿はいかにもあの「小渕さん」らしいが、娘の目の前に映る最高権力者は疲労困憊しきって、それでも自分に鞭打つ孤独な父だった。「どうしても近くで支えたい、そう思って「『秘書になりたい』と言いました。そのときは、『後を継ぐ、ということではないからね』と付け加えたんですが」。

 「でも、突然の父の死で、父の思いを継ごう、と出馬を決意しました。反対する声もあったし、26歳の女性ですから『経験がなさすぎる』『こんな小娘に何ができる』と色んなところで言われました。地元の皆さんが『優子さんのことは、私たちが育てるからいいんですよ』とおっしゃってくださって、私は絶対にこの人たちに恥をかかせないようにしよう、って心に誓いました。父が命を削った仕事に取り組むんだから、“普通の幸せな暮らし"はあきらめようって」

 当選後はメディアへの露出を控え、地道に政策を勉強し、地元を回った。郵政民営化法案で採決に欠席して役職を干された間は、大学院に通い公共経営を学んだ。修士論文は『人口減少社会における少子化対策』。最初は「どこに行っても浮きまくっていた」が、気づいたら9年。初めて政務官として仕事をしたのは自ら希望を出した文部科学省だった。ここにも父の影響がある。「父は政治とは“未来への投資"だ、って言っていました。だから私も教育政策をやりたい」。

小渕優子さん



史上初、保育園に送迎する大臣に
暮らしの中から見えるものがある

 仕事もし(それもなんと大臣!)、子どもも持ち……という華やかなキャリアに、よく「恵まれてるよね」と言われる。「確かにそうかもしれない。でも、自分としては日々必死で、いつも綱渡りです」。今の毎日はこんな風だ。朝は外出の2時間前には起きて準備を始め、子どもにご飯を食べさせ、保育園に送る準備をする。朝早い閣議などの時は夫が保育園に行く事もあるが、ほぼ毎日保育園に寄って役所へ。国会、政策のレクチャー、会見、挨拶や講演、あっという間に夜7時を過ぎる。7時半には子どもを迎えに行って、遊んでお風呂にいれて、寝かしつけて9時半。そのあとまた政策の勉強をしたり、書き物をしたり。週に1〜2回は夫が迎えに行ってくれるから、そのときには会合など夜の予定を入れる。週末は都内の実家に預けて地元の群馬へ。今はまだシッターなどの世話になっていないが、「そろそろ限界かな、と思います。夫に任せていた夜に、どうしても向こうが仕事に戻らなくちゃいけなくて、赤坂の料亭で会合中の私のところに、夫が眠った子ども連れて来て、バトンタッチしたことも」。

 毎日保育園に送迎している大臣なんて、史上初なのは間違いない。「だからこそ、私にしかできない大臣をしたい」。ベビーカーと一緒だと電車に乗りにくい、自転車3人乗りが禁止と言われても困る人もいる……当事者だからこそ気づくことがある。「悩みながら一緒に歩く大臣になりたいと思います」。そしてもうひとつ、「すべての子どもを持つ人、持ちたい人のケアをしたい」と言う。家族のあり方が多様化し、結婚年齢も高齢化してシングルマザーは珍しくなく、不妊に悩む人も多い。

 働き方の問題も考えたいと言う。「女性の生き方は選択肢が増えたけれど、男性は相も変わらず高度成長期のような働き方をしている。それでいいんでしょうか。保育園を増やします、だけではすまないと思うんです」。

 35歳の大臣から、cafeglobe世代の仲間へのメッセージをもらった。「私たちのふたつ前の世代は、女性が勉強する道を開いてくれた。ひとつ上の世代は、女性が働く道を作った。そして私達に課せられたのは“子育ても仕事もしやすい社会の実現"だと思います。まだ今は働きにくいな、とか子育てしづらいな、と思っている人は多いと思う。私は今まで、先輩の女性議員たちに守られ、育ててもらってきました。これからは私も喜んで矢面に立とうと思ってます。だから、みなさんも、あきらめないで」。



text / cafeglobe
photos / Nozawa Tomoyo