Cafeglobe(以下C) EUが産声を上げてちょうど50年。ベルギーをはじめ、各国で関連イベントも開催されています。ご著書では「EUは分裂症で多重人格」とおっしゃっていましたが、私たち、これからどうおつきあいしていけばいいんでしょうか。
浜さん(以下H) うーん。そうですね。EUの存在自体について言えば「EUはEUが必要じゃなくなるために必要だった」というのが本来の出発点なわけです。
C 必要じゃなくなるために必要? なぞなぞですか?
H いえいえ、ウィンストン・チャーチルが、かつて「欧州よ、統合せよ」と言ったわけですが、それは、欧州で血で血を洗うような覇権争いをもう二度と起こさないようにしよう、ということがあったからです。ヨーロッパがひとつになれば、ケンカの種もなくなって平和は保証される、という考え方でした。欧州の恒久和平のためにスタートしたわけですよね。
C なるほど。でもそれぞれの国が多様性なままよりそって、もうケンカはしない、というのは一見矛盾しているように見えるのですが。今年に入り、ブルガリア、ルーマニアも加わって、ますます「多様」な印象。こんな状態で無理なく協調していけるんでしょうか。
H そうですね。そこに矛盾が起こらないために何をどう工夫するかということを、50年目を迎えた今、あらためて問い直すべきだと思うんですよ。チャーチルが「統合せよ」と言ってたころは、ベネルクス三国、西ドイツ、フランス、イタリア、とたかだか6ヶ国だったわけであって。経済格差もそれほどなく、文化的な多彩さはあっても、今のEUに比べれば多様と言うほどでもなかったわけです。だから、多様性を受け入れることにそれほど困難が伴うという発想もなかったのが実情でしょう。
C なるほど。
H 今は逆に、統合すべきだという論議自体が反発を招いている。統合していなければうまく行くものが、統合することで反発を招いてしまう……。ここまで来たら、統合ということにこだわらなくてもいい、というところに着ていると思うんですよ。
C でも、EUに入りたいっ!と列を作って待っている国もありますよね。クロアチアとか、セルビアとか。これはどうしてですか?
H ええ。並んで待っている人たちは、仲間に入れてもらえれば、楽になるし、豊かになる、と思っている。EUの外側でそう思ってる人たちは、要はエリートクラブの会員になりたいわけです。あとは、もっと切迫した意味合いとしては、背後の敵の問題がありますよね。ロシアがすぐ後ろに迫っている。ブルガリアやルーマニアなんかはそういう意味合いにおいて、EUの一員になりたいわけです。クロアチアなんかもそうですね。ウクライナもその思いがとても強い。
C 一応、仲間になっていたほうが安心というわけですね。
H そう。既存のEU側としても、そんな彼らの中でブルガリア、ルーマニアを入れておいて、クロアチアを入れないとは言いにくいですよ。いずれも相対的に貧しい国ですから、補助金だとか、経済的なメリットに対する期待も大きい。入ってこられるほうとしては、そんな彼らの思いをムゲに袖にすることはできない。でも、その経済的負担は大きいし、政治的に未熟で不安定な国々が仲間になることには不安もある。だから、ニューカマーの彼らが入ってくればくるほど、入ってこようとすればするほど、EU内での結束も乱れがちになるということですよね。
C 迷惑というか、勘弁してくれよー、といったとこでしょうか。
H 補助金を出すといってもそのお金がどこかから入ってくるわけではないし、捻出しなきゃいけないわけですよね。新参者が入ってこなければ楽なのに、彼らのおかげで負担が増すことになる、と。
C 旧メンバーとニューカマーでは、立場も意識も違うんですね。では、元々の大義名分であるところの、欧州の恒久和平を実現するためにはどうすればいいんでしょう。
H それは、非常に難しい。EUはどうすれば、再び恒久和平の間違いない守護神になれるかという問題ですね。EUという枠組みが人々を窮屈がらせて、むしろ内なる揉め事の種を作り出すばかり、ということになってしまったのでは元も子もない。結局は、やはりいかにして多様性を抱きとめられるようになるかということにつきるでしょう。一寸の虫の五分の魂に輝きを見出し、包容し、守り、さらに輝かせられるようにどう持っていけるか。それを磨き、深めていくことができるかどうか……というのが、次の50年のEUにとっての課題だと思います。
C うー、まさに平和の原点ですね……難しいことのように聞こえます。でもこのことこそ考えつづけなくては、ですね。