Cafeglobe(以下C)
以前も話題に上がった後期高齢者問題。「問題の本質はネーミングにあらず!」ということですが。私は「このネーミングはひどい!」と騒いでたクチなので、ちょっとドキッとしました。
浜さん(以下H)
ネーミングだけが問題なら「じゃ、名前を変えればいいでしょ」ってケロッと言われそうじゃないですか。前の前の首相なんて言いそうでしょ。しかし問題の本質はネーミングの向こう側にある彼らの考え方にあるわけです。もちろんそこに切り捨ての発想があるからこういう名前になってしまうわけですけどね。これが後期高齢者を優遇する制度であれば、誰もネーミングが悪いとは言わないでしょう。ともかく現行の国保のやりかたではもう持ちこたえられない、高齢者にも負担して貰わなくては仕方がないと説明するのを、この制度の導入が決定された2006年から今日まで政府はさぼって来たということですよね。これが本当に誠意ある制度で、彼らに自信と情熱を持って説明する気があれば今のような事態にはならかったでしょう。ネーミングに人々の目が集中しているので、政府はかえってほっと胸をなでおろしてるんじゃないか、そのためにしくんでわざとこういう名前にしたんじゃないかとすら思ってしまいますね。
C そうですね。ネーミングだけに騒いでいてはダメでした。中身もちゃんと見なくては……。
H その「中身も見なくては」ですけど、これもメディアを見ていて変だなと思うんです。「今のままでは制度が破綻する、老人に負担をしてもらわなくては行き詰まるから、みなさん、中身をよく見ないままに怒らないようにしましょう」と。いかにも訳知り顔で「このままではいけないんだから」という論調が目立つ気がします。そんなことはわかっていますけど、だからといってメディアにお説教はされたくない。こういう言いっぷりを見ると「理性的に問題を考えましょうよ」的な感じのいやらしいインテリぶりが感じられて。やや責任回避のような気もします。
C キャッチーなネーミングが出て来たときは、うわっと群がってしきりに取り上げておいて、あとでいやちがうぞ、落ち着こうよ、と。メディアが最初に内容をきちんと伝えきれなかった責任逃れをしているということでしょうか?
H そもそも後期高齢者の問題は、2006年の段階でもっと読者に注意を促すべきだったでしょう。だから今のメディアの様子を見ていると、罪滅ぼしと責任回避が絡まり合って精神分裂になっているような印象を受けますね。
C
その変な回路に入らないためには、早い段階でメディアがきちんと問題提起できていなくてはいけなかったということですか?
H そう言うと「でもそのころにはイラク戦争もあったし」とか言うんでしょうけど。例えばですね、少し話がずれますが、先日アイルランドが国民投票でEUの新基本条約「リスボン条約」を否決しましたよね。これで大騒ぎになったんですが、そこでメディアを見ていると「アイルランドはEUに入って金銭的にも環境的にも多いに恩恵を被っている。EUのおかげで豊かになった国の筆頭であるにもかかわらず、統合が固まる基盤となるリスボン条約を忌避するとは、何たることだ」という論調が多かった。
C これが、後期高齢者に対するメディアの対応に似ているんですか?
H そうですね。「これだから国民投票は間違った結果を産む」「有権者というのはロジカルではない」という論調で。この言い方と後期高齢者問題の「浅はかさゆえ有権者が踊らされている」と言わんばかりの様子が少し似ていると思うんです。ジャーナリストなら、アイルランドがEUに所属することの恩恵に浴していているのに「それでも、嫌だ!」と彼らが言うのは何故だろうと考えるべきですよね。彼らがロジカルではないと一方的に決めつけるのは、どうも良きジャーナリズムではないように思います。
C それはある種「上から目線」というヤツでしょうか。もう一歩、もう二歩、なんでだろう?と踏み込んで考えればいいということでしょうか?
H アイルランドは「あんたら恩恵を被ってるんでしょうが」と決めつけられるのを嫌だと言っているわけですから。人間とはそういうものですよね。どうもメディアが生身の人間の思いや痛みを肌身で感じることができない状況に陥っているのではないかと思わされますね。グローバル化のなかにはそういう感情に人を追い込んで行くものが潜んでいないか、人間の顔をしたグローバル化というものを考えなくてはいけないな、と思います。
C なるほど。新聞を読むにせよ、テレビニュースを見るにせよ、キャッチーなネーミングや上から目線には注意しなくてはいけませんね。いちいちマスコミに踊らされないように、眼力を鍛えたいと思います。