カフェグローブ

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更新日:2008年8月1日
日本が世界に誇るエコノミスト・浜矩子の わかりやすいお金の正体の話

vol.69 アイルランドがEUにノーと言った理由
ホセ・カレーラスさん、いいこと言うなあ!さすが三大テノール。 それが何かは最後まで読んでいただくとして。世界の枠組みが変わっていくなか、EUはどうなっていくのか……という話題。

EU憲法と呼んじゃダメ
リスボン条約って何ですか?
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Cafeglobe(以下C)   前々回の続きです。アイルランドがリスボン条約を拒否したのって、これは大きいニュースですよね?

浜さん(以下H)   そうですね。リスボン条約そのものを発効できないわけですから。

C   このリスボン条約っていうのはEUの憲法というか、基本ルールのようなものですか?

H   まあ、そうなんですけどね。でも口が裂けても、二度と再び「憲法」と呼んではいけない事情があるんですよ。「欧州憲法条約」と呼んでいたものが、フランスとオランダの国民投票ではねのけられたという過去がありまして。「憲法」って言葉を使うとヤバいから封印しようとしているんです。

C   うーん、憲法って言ってもらったほうがイメージがピンと来るんですが?

H   確かにリスボン条約の中身は「欧州憲法条約」とそう変わっていないんです。でもEUの幹部たちはもう憲法という言葉を使いたくない。内容はというと27ヶ国にまで拡大してしまったEUの運営をやりやすくするための約束ごとです。団結度を高めるために外務大臣相当のポストを作ろうとか、あるいはEU大統領的なポストを作ろうとか。半年ごとに持ち回りになっている議長国の任期を長くしようとか。EUの求心力が低下しないための条約、という位置づけです。

C   それを今回アイルランドが拒否した。他にも「そんな条約なんて嫌だ」という国はあったんでしょうか?

H  ポーランドは「こりゃ否決でしょう」という雰囲気でした。イギリスはできれば踏み絵を踏まずにやり過ごしたいと思っている。かなり多くの国はすでにリスボン条約を批准しているけど、こんな風にまだ残ってる国もありまして。そのなかには国全体としてアンチ条約な国もあれば、政治家は条約批准に賛成だけど国民は反対、という国もありました。こういう国は「どっかの国が拒否してくれればなあ」と腹のなかで思っていたわけです。そこにアイルランドが一石を投じてくれた。それでほっとしているようなところがありますよね。これらの国には。

C   いちいち国民投票にかけなくてはいけない国は難しそうですね。

H   ええ。議会の議決だけならなんとか通せますが。

政治家と国民の意見が違う
EUが抱える根本問題
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C   条約批准について、政府はイエスだけど国民はノー!という構図ができてしまうのはどうしてですか?

H   それはEUが抱える本質的な悩みですね。EUが政治家たちの合意だけで動いていて、一般市民から遠ざかっていると市民が感じているんです。なんだかわかんないうちに何でもブリュッセルで決まっているというか。政治家は「国民投票でみなさんの意見を取り入れるから」と言うけれど、それでも市民は知らない間に話がどんどん進んでいると感じている。国民投票だって、素人が見たらどこをどう読んでいいのかわからないような文書を突きつけられて、イエスかノーか決めろと言われても困りますよね。EU加盟国の一般市民たちは、ブリュッセルの官僚たちに対してある種のうさんくささを感じているようです。これが憲法だ、条約だ、という話ではなく、貿易の自由化とか人の行き来をしやすくするとかいった具体的な経済統合の話なら、賛成とか反対とか言いやすいですけど。第一、リスボン条約って中身は憲法なのに条約って何だ?ってまずそこから怪しいわけです。過去に拒否されて取り下げたものをまた名前を変えて出してきているところからしてうさんくさい、と。

C   ではやはり、アイルランドではそういうアンチな気分で否決されたんですね?

H   そうですね。血気にはやるアイルランド魂が得体のしれない官僚マシーンに対して一矢報いたといいますか。小国で有権者も若いですからね。ブリュッセルは我々を陰謀に巻き込もうとしているのか!!とね。前にも言いましたが、これに対して大国たちときたら「あなたたちはEUに所属することで恩恵を被ってるじゃないですか」なんて言っちゃって。そういう論調がアイルランドの怒りを煽ったという面もありますよね。

C   今回、EUは条約を発効させることができませんでしたが、今後はどうなっていくんでしょうか?

H   完全に暗礁に乗り上げてしまいましたね。アイルランドの意見を尊重するべきか、それ以外の国を優先させたほうがいいのかわからなくなってしまった。まあ、とりあえずは何もなかったかのように振る舞うでしょう。ほとぼりが冷めた頃にまた少々看板をすげかえたものを出してくるかもしれませんね。

C   フランスとドイツはアイルランドがリスボン条約を拒んだことに対して抗議していましたけど、リスボン条約が全ての国で批准されると彼らのような大国は得するんですか?

H   得するってことはないですけど、要はEUの結束力、存在感の問題ですよね。内輪揉めでガタガタやっててEUなんて大したことないって思われたくないわけです。サルコジなんてEUを背後にした外交を強く意識してますから。EUの枢軸国であるドイツやフランスにしてみれば、 小国が投じた一石で大波が起きるなんて腹立たしいでしょう。

C   今さらですが、それにしてもどうしてこんな条約が必要なんでしょうか? 反対されるとわかっているはずなのになぜ何度も出してくるんでしょう?

H   こういうルールが必要だと思っているのが、ある意味では誤解ですよね。人間、やいのやいのと外から言われないほうが自然に協力するものです。大国になればなるほど、その感覚がわからなくなるということでしょう。

自分らしくありたい!
その気持ちを尊重しなくては
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C   経済的な結びつきとか人の行き来がしやすくなるとか、実務的な部分で国どうしの関係が強固であれば、それで充分まとまれるんじゃないのかな、などと思ってしまうんですが?

H   私は随分前からそう思っているんですけどね。こういった話をするときに思い出すのが、テノール歌手のホセ・カレーラスさんのエピソードです。彼はスペイン、バルセロナの出身なんですが、バルセロナはカタルーニャという地方の州都です。カタルーニャというのはスペインのなかでも非常に特異な歴史を持つ地域です。カタルーニャ語というのは今スペインの公用語になっているカスティーリャ語とは全く異なる言語です。だから、言語浄化の圧力を受けるなど、為政者にいじめられてきた歴史がある。そこの出身者である彼は「自分はスペイン人である前にカタルニア人である。自分がカタルニア人であることを認めてもらえればもらえるほど、自分がスペイン人であると感じられる」。と語っています。自分が自分らしくあることを容認してくれる共同体に対しては、帰属意識も強くなるということですね。自分らしくありたいという人間らしい自然な感情を、すごく上手く表現していると思うんですよね。

C   なるほど。これはEUの話にかぎらず、人類普遍のテーマですね。

H   ええ。アイルランドから発せられているメッセージは、民主主義とは何なのか?という問いかけでもあるわけです。

C   それにしても、このリスボン条約、日本ではイマイチ報道されてなかったような気がしますが?

H   どう解釈してよいのかわからなかったのかもしれませんね。日本のメディア全体に言えることですが、解りやすさを求めすぎる風潮が禍いしている面もあると思います。サルでもわかる内容でなくては報道してはいけないというか。やっかいな背景を持っていたり、ちょっと解りにくいと出すのをためらうというか。そういう風潮がいろんなかたちで悪影響を及ぼしていると思います。

C   ちょっとくらい難しくても頑張って読みこなすくらいの知力と体力を持ってなきゃだめですね。

H   この連載を読んでいるcafeglobeユーザーの皆さんが、周囲に向かって“サルではないぞオーラ"をぶわーっと出せるよう祈っています。

C   はいっ。私たちも、が、頑張ります。

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浜 矩子さん プロフィール
同志社大学大学院教授。欧州経済、国際経済のマクロ分析のエコノミストで、BBCなど海外のメディアからもよくコメントを求められる存在。Cafeglobeには、女性の力になれればと、スタート当時から執筆。趣味は「大量飲酒」!
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illustration / Nakagawa Isami
design / Shimizu Mamiko (Mame Design)

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