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1959年東京生まれ。お茶の水女子大学理学部生物学科卒業。'94年「神様」で第1回パスカル短編文学賞新人賞を受賞。'96年、「蛇を踏む」で第115回芥川賞を受賞。著書に『蛇を踏む』『物語が、始まる』『いとしい』『神様』など多数。最新刊は月刊『太陽』で連載された「センセイの鞄」が平凡社より単行本化して発売中。
踏まれた蛇が人間の女の姿となり、踏んだ「私」の部屋で料理をつくり母親だという表題作「蛇を踏む」、河童など不思議な生き物が登場する9つの短編集『神様』に代表されるように、川上ワールドはどこか不思議で淡々としたリズムを持っている。短編の名手という印象の強い川上さんだが、最新刊は長編の恋愛小説だ。 『センセイの鞄』は、高校時代の国語の教師と生徒がなじみの居酒屋で出くわして以来、お互いになんとなく気になる存在になっていく。主人公のツキコさんは38歳、センセイは70代。恋愛に発展するのか?と思わせる年齢差のふたりが居酒屋で季節のおいしいものを食べながら、お酒もたくさん飲みながら、ゆっくりゆっくり距離感を縮め相手にコミットしていく。月刊『太陽』に連載され、1話完結で連作するスタイルの長編小説だ。
「書き始めたときは、恋愛をテーマにはしていなかったんです。友情とも愛情ともつかない気持ちの交流を描いてみたいと思ったのがきっかけ。それでなかなか恋愛に発展しないようにと、30歳以上年の離れた男女を設定したわけです。それが途中から作中の人物が勝手に動いて、お互い好きになってしまったんですね。なんとも決着がつかないまま最後までいってしまうかなと思いましたが、ツキコさんの気持ちが思いのほか高まってしまった。センセイは慎重な性格だから抑えに抑えて、でも自然にツキコさんへの気持ちが強くなっていったのね。作者も知らないうちにふたりは恋愛関係にもつれこんじゃった」
川上さんの予測しないところで作中人物が勝手にお話をすすめてしまう!? 確かに月刊誌での連載時、このさきどうなるのかエンディングが見えずにやきもきした読者は多かったのではないだろうか。もちろん私もそのひとりだったけれど……。もしかして結末を予定しないで描くタイプの作家ですか? 「最初はまあこのへんという程度のエンディングはあるんですけど、大体途中から変わってくる。短編でも同じです。着地する地点を決めて書くという形をとると、決めた以上のものはでてこないと思っているんです、私は。書いているうち、自然に自分の中から現われて、予測しなかった話になるほうがいいかな、と。これまでの作品は物語の途中で、着地する地点が決まっていくんだけど、なぜか『センセイの鞄』は最後まで決まりませんでした」 センセイとツキコさんを精神的に繋げる「干潟――夢」という象徴的な章がある。いつもの居酒屋で深酒をしていた次の瞬間、暑い日差しのなか干潟で潮干狩りをするたくさんの人がいる世界へ。センセイの亡くなった妻が眠る島へふたりで旅行したあとの出来事だ。いつもはこの場所へはひとりでくるというセンセイの隣にツキコさんがいる。「ここはどこですか」と尋ねるツキコさんに「何かの中間、境みたいな場所だ」と答えるセンセイ。亡き妻のエピソード(とてつもなく変わっている!) も添えられて現実との違和感を覚える章になっている。孤独だったふたりが心の拠り所としてお互いを必要としていることを確認するシーンのようだ。 「今までは他人とコミットしない話を書いていたものだから、こんなふうに主人公の女性がすねたり泣きわめいたりすることって珍しいですね。体裁を気にせずに恋愛ができるのはある種の幸せ。ほかの人と会う時間も惜しいくらいにどうしても会っていたいという恋愛は近頃珍しいのかもしれない。そんな自分の思いが相手の負担になるとか、飽きられるかも、という方向に気持ちが働くせいか……。相手を信頼できるまでは時間がかかるから、それまでは自分が傷つかないようにガードする。まあ最初から恋愛モード全開というわけにはいかないよね。生活があって仕事があって、バランスとらなきゃいけないものね、社会人として(笑)。でも信頼できる相手だと思ったら、気持ちは抑えることはできないでしょ? 『溺レる』は愛欲をテーマにした短編小説で、今回は違うものを描いたつもりだったけど同じになったのかな?」
せつなくなるほど、恋愛下手なツキコさん。小島孝という高校時代の同級生が登場して、今どきのデートを何度か重ねてもセンセイへの恋情を確信するだけ。いざ突撃しても、センセイにさりげなく交わされて悶々と悩むツキコさん。小島くんにしちゃえば(だっていいヤツだし)、簡単に恋愛モードへスイッチできる気がするけど、そうはいかないのが純愛なのかしら。川上さんご自身の恋愛観は?
「ツキコさんは恋愛上手ではないですよ。恋愛だけでなく人間的に不器用なんですね。センセイと会って初めて自分自身が解放されたという感じでしょうね。これまでの小説に登場する女性のなかで、ツキコさんは私にいちばん近いタイプですね。恋愛に関してもガンガン行けないところとか(笑)。相手を気遣うのではなく、相手に悪いんじゃないかっていう気の回し方をするとか、相手が答えを出す前に引いてしまうとか。人間関係の距離を超えられない不器用さが似ているんです。 本当に好きになったら待っていられないでしょう? まどろっこしいでしょう? 約束しないのに、お互いの行きつけの居酒屋でじっと待っているなんて。そういった部分は似てないな。私は気短ですから。自分が好きならば好きと示さないと。また相手から示されないのも嫌だし。でも人によっていろんな愛情表現があるから、それをキャッチする感覚を磨かないといけない。その感覚次第で恋愛の厚さが違ってくるのかもしれない。恋愛にも向き不向きがあるみたい。自分自身でさえいろんなケースがあったし(笑)。なにがいいってことはないし、なにが正しいことはないよね。希薄といわれる関係性だって、自分自身、心地がいいんだからやっているわけで。嫌なら続けていないでしょう。やめちゃうでしょう。まあ、自分のやっていることが無駄に思えても、いつかは何かになるんじゃないかな。結果、失敗もあるけど、身を持って知ってきたというのが私のこれまでの人生かな」
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