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 | 相変わらず週3回のジム通いは欠かさずされてるんですか? |
 | 基本的にそうですね。それ以上やっても疲れがたまってくるばかりなんで。昔は週5日やってたけど、もう、だいぶ抑えてる。 |
 | 99年にマラソンを走った頃より、筋肉のつき方が、少し瞬発系にシフトしてきましたよね。 |
 | マラソンのときはある程度体重を落とさないとダメだからね。体重を2キロ落とすってことは2キロのダンベルが体から外れるってことだから。たった2キロでも42.195キロ走るとなるとかなりの負担が軽減されることになるよね。ただ体重を落としながら体力も付けなきゃいけないっていうのはそんなに簡単なことじゃないですね。本当は3、4キロ落としてから走りたかったんだけど、そればかりをやるわけにもいかなかったから。 |
 | 今日も走って来たんですか? |
 | ジョギング程度にね。マシンで30分ほど走って、それから1時間くらいゆっくりウエイト・トレーニングをして。 |
 | すごいなぁ。週3回続けてることなんて、飲みに行くことぐらいですよ。 |
 | それは逆にすごい。 |
 | ほんとですか? 多いときは週6回、週に8回という記録も持ってます。 |
 | へぇー(呆れてます)。 |
 | きっと、ヒロミさんには体からの要求みたいなものがあるんでしょうね。 |
 | 慣れでしょうね。やってる人間には、何でもそうなんですけど、必ずこう……やり始めて、あるいは何かをやめるにあたって、その鬼門になる数字ってのがあるんですよね、3日坊主とか、石の上にも3年とか、「3」って言う数字は鬼門だなって思ってます。だから最初は3日でしょ、30日でしょ、3ヶ月でしょ、そして3年。だからタバコをやめるにしても、3日、3ヶ月、3年までくればもう本物かもしれないですね。 |
 | タバコを吸ってた人がヨーイドンで禁煙してからの3日間って果てしなく長いですからね。夜の12時きっかりから禁煙するぞって、その直前までに一気に一箱ぐらい吸い貯めしても、30分後にはもう吸いたくなる。おまけに夢の中までタバコ吸ってるシーンが追いかけてくるから耐えられない。そこから3年ですもんね。 |
 | そこまでやってだめだったら、「これは違うのかな?」って思うことはありますよ。例えば、ひとつの歌い方をやってみて、できないからやめるっていうんじゃなくて、できるまでやって、この歌い方もやって、あの歌い方もやって、求めているものが違うとわかったらやめることはあります。難しいからとかイメージが違うからとか続けるのが辛いからとか、そんな理由だけで簡単に「できない」と決めることはしない。性分じゃないんですよ。負けず嫌いだから。 |
 | 確かアイドル真っ盛りのときに突然ニューヨークへ行っちゃったりしましたよね。 |
 | 19歳のときですね。歌とかダンスとかもっと上手くなりたいと思ってニューヨークへ行ったんだけど、レッスン受けたら全然できなくてすごくストレスになった。悔しかったけど、それが今の自分の実力だって謙虚に受けとめて、もっと上を目指したいって思いましたね。いい意味でショックっていうか、かなり触発されましたね。 |
 | それから頻繁にアメリカに行くようになったんですよね。 |
 | ニューヨークに1ヶ月いたからって急激にダンスがうまくなるわけじゃないから、もう、ちょこちょこ行けるときにニューヨークに行って、日本に帰って来たら、「よし、もう一回レッスン受けに行こう」っていう気持ちがいつまで経っても冷めなくて、どんどん前向きになっていったんですよ。結局、自分の経験の中でダンスも歌もとことんやればこういうところまでいけるんだ、って思うし、年齢に関係なく、学びたいとか、次のステージに行きたいと思ったら、その人の志さえあれば、かなりのところまで行けるんじゃないかと思うんですよね。
人間って、「これでいいかな」と思った瞬間に成長が止まると思う。僕の場合はそういう風に自分の中で言い聞かせてるから、絶対に「これでいい」とかにはならない。そうすると、緩やかだけど、自分が行きたいところまで必ず行ける。そう信じています。 |
 | ヒロミさんがアイドルの頃って、日本中の男がヒロミさんのことを敵だと思ってましたよ。僕もそうだったんですが、ちょっと顔がいいからカッコいいからってキャーキャー言われてって、すみません、ひがんでました。それがこうして何十年か経って“あの頃”の話を聞けば、他のアイドルが天狗になっていってるときに、ニューヨークへレッスン受けに行ってとことん自分を試していたなんて、余計に悔しくなってきましたよ(笑)。 |
 | 20歳のときかな、英文タイプを習いだして、3ヶ月間どっぷりはまってしまったことがあるんですよ。僕ってなんでもカタチから入るタイプで、運動だってキレイな体になりたいなってところから始めていくし、英文タイプでも、自分が打ってる姿を想像して、「かっこいいな」って思ったところから入ったんです(笑)。ところが、のめり込み方もハンパじゃなくて、本当3ヶ月間ずーっと打ちっぱなし。その頃のタイプライターはきちんと打たないと文字のばらつきも濃淡も出ちゃったから、かなり基本に忠実に地味ぃーにパチパチやってました(笑)。 |
 | 時代を見越してというか、今の時代にすごく役立ちましたね。 |
 | パソコンの時代がやってきて、これだけは得したなって思いますね。お陰さまで超高速ブラインドタッチ(笑)。そういう経験があるから、自分の中でこう、いくつになっても頑張れるっていうかね。アメリカ行きも、本当は3年なんて決めてなかったんですよ。ただ自分にとってラストチャンスだと思っていて、とりあえず納得できるまでやろうと決めて、気がついたらいつの間にか3年が過ぎてた。 |
 | 「気がついたら3年が過ぎてた」なんて、世界中でヒロミ・ゴーしか言えないセリフですよ。 |
 | 機は熟したかなって感じてね。去年の秋頃スタッフに話して、来年くらいに再開しようってことになったんですよ。ずっと前から自分がいちばん楽しみにしていた年代が50代だったから。そこが多分自分の人生のピークになるんだろうってずっと思ってたんですよね。 |
 | 6年前にも言ってましたよね。「50歳が楽しみで待ち遠しいけど、それまでにやらなくちゃいけないことがいっぱいある」って。 |
 | 振り返ってみると、ちょうど35,6歳で『僕がどんなに君を好きか君は知らない』ってバラードに出会って、そのときに、なんとなく「やっと歌が唄えるようになってきたな」という気持ちになれたんですよ。その後に『言えないよ』『会いたくてしかたない』と続く、いわゆるバラード3部作が出来ていくんだけど、それまでは正直なところ、一生懸命やってたんだけど、歌を唄えてるという感覚は少しもなかった。 |
 | 『よろしく哀愁』も? 『2億4千万の瞳』も? 『あなたがいたから僕がいた』も? 『ハリウッドスキャンダル』も? 渋いところでは『故郷は僕に微笑む』ってのもありますが。 |
 | 詳しいね。 |
 | なんせ敵だったんでかなり研究してました(笑)。 |
 | 物の考え方には常に2通りあって、ネガティブに考えるかポジティブに考えるかのどちらかだと思うんです。バラード3部作の頃、ちょうどデビューして20年という時期だったんですが、「20年やってきたけど、これからどうしよう……」っていう嘆きみたいなものはなくて、「20年経ったけど、これからだな」って素直な気持ちになれたんだよね。僕はポジティブに考えていくほうだから。
20年って、オギャーと産まれた赤ん坊が成人するように、僕も歌手としてやっと大人になれるのかなって、そんな謙虚な気持ちに切り替えられたんです。目指すところにたどり着いても、たとえ求めた結果が得られても、いつだって「これから」って思っちゃうんですよね。20年経って35歳でやっと歌手として「これから」と思えたことが、50歳という年齢に新たな目標を置けた理由なのかもしれないですね。
ただ指を加えて自分がイメージした50代を待っていても来るわけがないから、常にやるべきことをやらなければいけないっていう風に思ったわけですよ。何か足りないものがいっぱいあるから、その足りないものはなんだろう? テクニックっていうのはもちろん、歌を学ぶことはエンドレスだから、どれだけテクニックつけようが終わりがないんですよね。 |
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(その2へつづく) |