マイケル・ダグラスからメールが届いた。開いてみると「親愛なる葉へ――cafeglobeの連載をいつも読んでいます。今度ニューヨークへ行くので、一緒に食事でもしましょう」と書いては、なかった。彼の用事は、もっと危急なことであった。 「10年前、進歩的な考えをもったアメリカ市民と議員たちが団結して、銃の使用を制限するふたつの画期的法案を実現しました。攻撃用銃器規制法(*1)と、ブレディ法案(*2)です。けれど今日、全米ライフル協会(NRA)(*3)はこのふたつの法案を骨抜きにしようと、激しくロビー活動を展開しています……」 マイケルのメールは、NRAの策略を阻止してふたつの法案を守るように、国会議員や地元の新聞紙の編集委員に手紙を書いてほしい――と訴えるものだった。親切なことに、どんな内容を盛り込めばいいか要点をまとめたメモを添えてある。その上なんと、私が締め切りに追われて忙しいことを考慮してか、ボタンひとつクリックするだけで、すでにきちんとタイプもしてある手紙を送りたい相手にファックスさえしてくれるというのだ。私はアメリカ市民ではないので議員への手紙はあまり効力がないけれど、新聞社ならいいだろう。さっそくボタンをクリックして、地元の新聞社にファックスを送る手配をした。 懸命な読者諸氏はご推察かと思うが、もちろんあのハリウッド俳優が私のメールアドレスを知っているわけではない。これは「TrueMajority(*4)」というインターネット市民運動団体によるキャンペーン活動の一環なのである。
「TrueMajority」の創始者はベン・コーエン。甘いもの好き&アメリカに旅行or滞在したことがある人は、“ベン&ジェリー(*5)”ブランドのアイスクリームを食べたことがあるかもしれない。ベン・コーエンはこのアイスクリーム会社の創立者&元オーナーなのだ。“ベン&ジェリー”は数年前に別の企業に売ってしまったけれど、相棒のジェリーと組んで今度は「社会の不正や貧困をなくす」ことを目的に「TrueMajority」を立ち上げ、さまざまなキャンペーンを打ち出している。 そのひとつが、冒頭に上げたようなメール活動。今回のようにセレブリティからのメッセージという形を取ることもあれば、「TrueMajority」からのメッセージという形を取ることもある。いずれにせよ、その骨子は「ユーザーがすぐに、しかも簡単に、請願活動をすることができる」枠組みを提供すること。 もちろん、市民のひとりひとりが自分の言葉で請願書を書ければ理想だ。でも「時間がない」のはみんなに共通する悩み。それに社会問題や政治に関する、 1.具体的で、2.要点を押さえ、3.丁寧で、4.論旨のしっかりした手紙を書かねばならないとなると、ちょっと尻込みしてしまう。 その点、「TrueMajority」は議員あてのサンプルレターを提示してくれるので、ユーザーはそれを「そのまま送る」こともできるし、「編集する」を選び、加筆・変更をして自分の文章に近づけてから送ることもできる。相手先のファックス番号を確認し、ファックス機に紙をセット……なんて必要もない。“クリック”ひとつで、すべて「TrueMajority」がやってくれるのだ。まさに今の時代にぴったりの市民運動の“かたち”を提供してくれる、というわけ。
こうしたインターネット市民運動団体で、「TrueMajority」以上に私が注目しているのは「MoveOn(*6)」。元シリコンバレーの起業家だったウェス・ボイドとその妻ジョーン・ブレーズが立ち上げた組織で、スタッフはわずか7人。けれど、インターネットを通じて全世界に200万人ものメンバーを抱えている。「MoveOn」の目的は「普通の人々を、政治に呼び戻すこと」。ボイドもブレーズも政治に関わった経験はなかったが、政治が巨大企業と“主要”メディアに占有され、政治家たちが有権者たちの意見や要望よりも企業の利益を優先することに不満を覚え、普通の人々が政治に参加できる場を作ろうとして立ち上げた。 彼らが「TrueMajority」を立ち上げた数年後、9・11直後に、暴力の輪を断ち切って平和を求める署名サイト「9‐11Peace.org」を立ち上げた青年がいた。ごく短期間のうちにアメリカだけで10万人以上、全世界で50万人にも上る署名を集めた彼の名前はイーライ・パリサー、メイン州出身の23歳。ボイドとブレーズはパリサーの機動力に注目し、キャンペーン・ディレクターにスカウトした。パリサーはその才能を発揮して、署名だけでなく、意見広告を打つための募金やデモの組織、“映画パーティ”の開催、はたまた広告の一般公募コンテスト(*7)など独創性あふれるキャンペーンを次々と打ち出してきた。 こうして発展し、全米ひいては全世界からも注目されるようになった「MoveOn」の最大の特徴は、相互参加型(inter-active)であり、「自分の活動が、大きな動きの一部を作っている」という実感を得られること。これって、私たちが今とっても欲しいと願っている実感なのではないだろうか。
私が「MoveOn」の存在を知ったのはほんの1年ほど前、ブッシュ政権がイラク侵攻を今か今かと進めていたころ。何かしたい、と思いながら何もできないもどかしさを感じていたとき、友人から回ってきた「MoveOn」の「反戦署名レター」がきっかけだった。 それまでの反戦署名は「回ってきたメールをコピーし、新しいメールとして貼りつけ、一番下に自分の名前を書いて何人かの友人に回覧する」というチェーンレター形式がほとんどだった。何もしないよりは……と署名し、友人たちにも回していたものの「ネズミ講みたいにどんどん枝分かれして、前の方はみんな同じ名前が並んだ署名リストになってしまっても、効力があるのだろうか?」といつも心配だった。だいたい、それらの署名が本当に議会とか関係組織に届いているかどうか、そんな市井の人々の声がどれだけ真剣に受け止められているのかだって、知る手立てがなかったのである。 けれど友人から回ってきた「MoveOn」の反戦署名サイトでは、所定のフォームに自分の名前を打ち込んで送るだけ。それを「MoveOn」がまとめて、たとえば議会の議決日などにあわせた戦略的日程に沿って、届けてくれる。それも、スタッフや選ばれたボランティアメンバーが実際にワシントンDCへ赴いて、議員連や関係組織に渡してくれるのだ。キャンペーンがはじまると頻繁にニュースレターが届き、何人分集まったか、いつそれが届けられたかなどについてもこまめに報告してくれる。 募金も、従来の市民団体では自分の寄付がどんな形で役に立ったのかどうもよくわからず“あげたら、あげっぱなし”感があった。MoveOnでは「どんな目的のために、どのくらいの額がいつまでに必要か」を明確にし、結果的にどれくらい集まったかも教えてくれる。特定のキャンペーンのための募金が目標額に達すれば「目標額以上の○○ドルが集まりました。どうもありがとう」と知らせてくれる。たとえそのときにはお財布の状態が苦しくて寄付できなくても、「じゃあ、この次は私も参加しよう」という気になる。
「MoveOn」のもうひとつの特徴は、インターネット上だけでなく、実際にキャンペーンに参加できる機会が多く、しかもそれらのキャンペーンに楽しいスパイスがふりかかっていることだ。たとえば、“映画パーティ”。これは昨年行われたキャンペーンで、『Uncovered: the Whole Truth about the Iraq War』(*8)と題されたドキュメンタリー映画を全国各地で上映し、みんなで集まって観ましょう――というもの。 『Uncovered』は、イラク侵攻に漕ぎつけたブッシュ政権の“論理”や“証拠”の虚像を、ブッシュ政権内部、あるいはすぐそばにいた人々の証言を綴って明示した告発作品だ。登場するのは、片や“ブッシュと仲間たち(Bush & Co.)(*9)”。もう一方にはホワイトハウスの政策アドバイザーやCIAの元高官、国連武器査察団のオフィサー(*10)、イラクやサウジなど中近東地域への元米国大使(*11)など政府の高官や専門家たち。ブッシュのイラク侵攻を批判し、警告してきた(にも関わらず、無視された)専門家たちの証言と、“ブッシュと仲間たち”がくり返しついてきた嘘の変化(*12)を、インタビュー&TV映像で綴ってみせる。 「MoveOn」では最初、ニュースレターでこの映画のことを知らせ、ビデオの購入を呼びかけた。私も「観たいな」とは思ったものの、「うちにビデオはないし……」(*13)とあきらめていた。すると2週間ほど後に「MoveOn」からふたたびニュースレターが届き、「全国各地でこの映画を上映するホームパーティをしませんか?」という誘いが。ビデオを購入したメンバーと地元の他のメンバーで集まって一緒に映画を観る、という企画である。この手の映画を、商業ベースの大手映画館で上映するのは予算の面だけからいっても不可能に近い。でもメンバーの自宅(*14)などで集まる分には予算の心配はないし、ふだんはなかなか会う機会のない、けれど同じような関心・意識をもった人たちと集まって映画を観られるなんて、なんだかワクワクするではないか。
数日後に「MoveOn」から届いたニュースレターには、自分の住む街で行われるパーティのリストが見られるリンクがついていた。「ニューヨーク市」を選び、自分の郵便番号(*15)を入力すると、出るわ出るわ。個人宅もあれば、コミュニティガーデンでの“星空の下上映会”もある。「僕のうちは狭いので10人しか呼べませんが、楽しくやりましょう。できたら飲み物とかつまむものを持ってきてください」なんて呼びかけも。あとで知ったのだが、マンハッタンに住むポップスター、モービィも自宅を開放してパーティを開いていたのだそうな。 個人宅のパーティは、定員枠が小さいせいかほとんどすべて満員になっていた。そこで、「『バウワリー・ポエトリー・カフェ(*16)』、あるいは隣の『DVドージョー(*17)』でやります」というパーティに申し込みをしてみた。2、3日すると、このパーティのホスト、ディアナさんからメールが。「会場は、たぶんDVドージョーになると思います。今、最終交渉中。ちょっと待ってね。まったく、詩人がイベントを組織しようとするとロクなことがないわね(笑)。詳細がわかり次第、お知らせします」。 “映画パーティ”の数日前に「『DVドージョー』で、7時から」とのお知らせがあった。その日は朝からドンドコ雪が降っていたのだが、夫と友人と誘い合わせ、出かけてみた……。 |
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
Photos & text / Watanabe Yo Illustration / Hasegawa Maki |
|