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トージバ代表

渡邉尚さん |
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1996年
(23歳) |
大学卒業後、スポーツ用品の流通販売会社に就職。東北、九州など国内4ヶ所への転勤を経験 |
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1999年
(26歳) |
九州での勤務時に退社。そのまま陶芸、ろくろの修行に入る |
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2001年
(28歳) |
出身地・東京へ戻り、IT企業に再就職 |
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2002年
(29歳) |
日本福祉大学の「都市―農村交流事業企画・人材公募」に応募し合格、IT企業を退職。大学の研究事業として「トージバプロジェクト」がスタート |
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「以前は田んぼや畑だったのに、今は放置され遊んでいる土地のことを『遊休耕地』というんです。千葉や山梨など、東京近郊に結構あるんですよ。僕らの活動のひとつである『大豆レボリューション』はそういう土地を借りて、地域に昔からある品種の大豆を作って、味噌を作るというもの。手作りの味噌って、仕込みから食べられるようになるまで1年。まさに究極のスローフードでしょ?」
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オフィス玄関にオブジェとして置かれていたヘンプ(大麻)。茎や種が環境に負担をかけないエコ製品の材料として注目を浴びている。日本では、戦後の「麻薬取締法」の影響でマリファナと混同されたまま現在に至っている。
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「遊休耕地を耕すのは大変そうに思えますが、実際は、木の葉や枯れた草が折り重なって腐葉土みたいになっているから、有機農法をやるには最適なんです。去年は1反(1000平方メートル)の畑で1人あたり約2kgの収穫になりました。これに麹や塩を加えて6kgの味噌ができる。今、日本人ひとり分の味噌の消費量が年間6〜7kgだから悪くない量ですよ。これをみんながやれば、日本の農産品の自給率も上げられるかもしれません」
「だいいち農作業そのものが楽しい、いい汗かけるし。通勤電車での嫌な汗や、会社でかく冷や汗とは大違い。初めて畑仕事をしたとき、この気持ちよさをほかの人にも知ってもらいたいと思った。それが『大豆レボリューション』を始めたきっかけなんです」



「僕らが耕してると、近所の畑のお年寄りが、あれこれ教えに来てくれるんです。そういうつながりも、僕にとってはトージバの一環。遊び場感覚で畑に来るだけで、体動かしていい汗かける、お年寄りとしゃべれる、手作り味噌が作れると、いろんな捉え方ができるし、その人なりの楽しみがあるから続くんだと思うんです」
「大学時代、バックパック担いでいろんな国を旅した経験で日本を見ると、日本には、人が自然に情報交換できる場がなくなっているということに気づいたんです。ちょっと前までは、銭湯とか商店街の店がそういう役割をしてたと思うんだけど、都内の銭湯はどんどん潰れて。何気なく近所の人と話す場っていうのが、今の東京にはなくなってきているように思います」

トージバの拠点(オフィス)であるこのマンションは、「さまざまなNPOの“アジト”」でもあるそう。奥に座っているのはトージバをサポートしている神澤さん。彼の「半X」はデザイナーで、トージバのサイトも手がけている。
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「それが会社の転勤で、岩手、宮城、福島、それから熊本に住んでみたら、地方にはまだまだそういう文化が残っていた。東北の湯治場がまさにそれです。それから九州で会社辞めてしばらく陶芸家のおじさんを手伝っていた経験が、『半農半X(エックス)』という生き方を真剣に考えるきっかけになりました。その人、実は陶芸をやっていて、陶芸だけでは足りない部分を米づくりで補っていたんです」
「農業専業というのはムリでも、レジャー感覚でなら都会の住人も参加できる。そもそもムリをする必要はなく、要はバランスなんです。それで、遊んでいる土地が耕地として生きる。地域の大豆を作れば、在来種保護というエコロジーにもつながる。自分の食べる分をまかなえれば、食の安全も手に入れられる。農業に関わることで、現代人の漠然とした不安が取り除かれる部分は結構大きいんですよ」



「僕は、2度目のサラリーマン生活で通勤ラッシュを経験し、つくづく勤め人には向いてないと思った。だから日本福祉大学の人材公募のレポートには、かなり熱くやる気を語りました。公募にパスしてトージバをスタートできたおかげで、半農の部分はクリアできた。今後は半Xのほうを充実させるのが目標です。土を通して人と関わっていきたいので、園芸療法やビオトープ(さまざまな生き物が共存できる場所)などの園芸のプロを目指して、4月から造園業に就くことにしました」
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オフィスのベランダ。取材が夜だったのでわかりにくいかもしれないけれど、足もとに敷かれた青竹、ぶら下がるひょうたん、立てかけられたよしずなど、心和む空間。
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「トージバの参加者は、20〜30代の女性が8割くらいです。男はまだまだ関心が薄い。男にももっともっと参加してほしいんですけどね。今の僕ら、30歳前後はちょうど家庭を持ち始め、人によっては子育ても始まる年代。前の世代から次の世代に、日本の気候風土に合った暮らしの知恵を受け継ぐためにも、僕らの世代が『農』に関わって、その橋渡し役になることは大事だと思うんです」
「もともと僕ら日本人は、よその国からの文化や技術をいいトコどりして発展させていく能力があるじゃないですか。その感覚を、今の都会と農村の暮らしや便利な技術と伝統的な方法にも生かせると思うんです。僕自身、東京生まれだし都会の快適さは良く知っている。でも、あまりに行き過ぎていて、世の中病んでいると感じることも多いです。それをトージバで治していけたら、という期待も込めて、これからも活動を継続していくつもりです」
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トージバ

「湯治場」をモジって命名。温泉に浸かって体を癒し、宿の客同士がおしゃべりするように、都会に暮らす人と農業に携わる人を結び、お互いの技術や知恵を交換することで、それぞれの暮らしを豊かにする「場」と「きっかけ」作りをしようと2002年に発足。千葉や山梨の遊休耕地で、在来種の大豆を作る「大豆レボリューション」(2005年度会員募集中!)、棚田での米作り、廃業した銭湯を利用したカフェ営業など、多彩な活動にチャレンジしてきた。現在、有給スタッフは渡邉さん1名。これまでの運営費とスタッフ給与は、大学の予算でまかなわれたが、2005年度からも継続予定。
●トージバのサイトはこちら≫

トージバの数あるプロジェクトのひとつ、「コミュニティ プロジェクト『トージバ銭湯カフェ』」。2004年、3年間休業していた東京・新小岩の銭湯を利用して、期間限定のカフェをオープンさせた。


こちらは「バックパッカープロジェクト『トージバ的 日本の歩き方』」。トージバ独自のネットワークを活用して、農作業を手伝ったり、酒造りや陶芸を体験しながら気軽に日本を旅しよう、というもの。受け入れ先は、渡邉さんが足を使って作り上げたネットワークばかり。

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