3月22日――ブッシュ大統領のイラク侵攻開始から3日目。世界各地で開かれた反戦デモの、ニューヨーク版に参加した。私にとっては初のデモ参加だ。何を準備したらいいのかよくわからず、気がついたら当日に。しかもやや寝坊してしまい、カメラとハンドシンバル(中近東舞踊で使う、小さなシンバル。何か音を出すときにいいかと思って)だけ持って、あたふたと出かけた。 集合時間は正午、場所は42丁目のタイムズスクエアから38丁目までの4ブロック。私は12時15分ごろ、35丁目からマーチに参加した。6車線の大通りを埋め尽くす人、人、人。太鼓の音や、シュプレヒコールが聞こえる。 「何が欲しい?(What do we want?)」 「平和!(Peace!)」 「いつ欲しい?(When do we want it?)」 「いま!(Now!)」 道端で「私たちの権利を知ろう」というパンフレットをもらった。デモの心得や、以下のような禁止事項が書いてある。 ・許可なしに公共の車道を行進したり(歩道なら、通行を妨げない限りはOK)、建物の入り口を塞いだりすること ・許可なしにスピーカーを使って音声を出すこと(歩道や公園でチラシを配るのはOK) ・木の棒にプラカードやメッセージをつけること(ボール紙の棒につけたり、紙を直接手に持つことはできる)。街灯や警察のバリアなど公共物にチラシやメッセージを貼りつけること。
周囲の人が持っているプラカードが面白い。次回は私も作ろうっと。 ・フランス・バッシングをする保守派に対して、「私のフライはフレンチがいいわ、私のトーストもフレンチがいいわ(I want my fries French, I want my toast French) ・メディアの偏った報道を批判し、揶揄して、「タイム・ワーナー(CNN)は毎晩、検閲済みのニュースをお届けします(Time Warner presents: Censured News Nightly)」 それにしても、いろんな団体が参加している。社会主義党に、カトリック教会。パレスチナを支援する会。「資本主義は腐っている」とか「革命を」と書いたTシャツを着た、パンクっぽい身なりの少年・少女たち。戦争に反対するアーティストの会。そして、大多数を占める、ごく普通の市民。小さな子どもや老人、元ベトナム戦争従軍兵の姿もあった。
歩道でもたくさんの人が、拍手したり微笑んだりしながら見送っている。行進するひとりひとりに、「君たちはすばらしい! 君たちは美しい!」と声援を送るおじさんもいた。私が見た限りでは10人足らずだったけれど、「反戦派は反アメリカ人(Anti-War is Anti-American)」というプラカードを持った戦争支持派も沿道に立っていた。反戦デモ参加者は、後日の報告によると25万人(主催団体の見積もり。主要メディアは20万人と発表)。数キロにわたって流れる人の河の中で、さまざまなシュプレヒコールが生まれては、波のように伝わっていく。 「ブッシュを弾劾しよう!(Impeach Bush!)」 「これが民主主義の姿だ!(This is what democracy looks like!)」 行列は34丁目のメイシーズ・デパートや17丁目のユニオンスクエアを通り、いよいよゴールのワシントンスクエア公園へ。時間はちょうど3時。「これが、行進の最終地点です」とアナウンスがあった。 やがて到着した最後のグループには、ミュージシャンがたくさん参加していた。あたりはサンバのようなにぎやかで楽しいリズムに包まれる。私もハンドシンバル、一緒にいた友人は小さな笛を取り出して加わった。行列は公園の北側を横切って西側の端へと折れ、南に向かっていた。
列の先頭のほうで何かざわめきがあった。大きな星条旗が炎に包まれているのが見えた。 ――ちょっとまずいんじゃないか――という気がした。ここにいるアメリカ人の中にも、自国に対していろんな思いを抱いている人がいるはずだ。「反戦」=「反アメリカ」という論理は、必ずしも成立しない。例えば、俳優のロバート・レッドフォードが指摘した(2002年12月、『LAタイムズ』紙掲載)ように、自国が他からの石油輸入に頼らないように、より環境に優しく自立したエネルギー供給システムを作るべきだ、という考え方はとても――真の意味で――愛国的だし、彼は戦争に真っ向から反対している。それに、路上でものを燃やしたりしたら「私たちは平和的・合法的なデモをしていました」とは言えなくなってしまう。 旗が燃えていたあたりで何かが起こっていた。今まで嗅いだことのない臭いがして、のどがちょっと痛くなった。何人かが走りだした。本能的に、私たちも走る。「ペッパー・スプレーだ!」 中心部から逃げ出してきた男性が、紅潮した顔をしかめて訴えた。 また大きなどよめきがあった。見ると、警官2人が1人の少年を道路に押し倒し、警棒で殴っている。少年は仰向けに倒れ、手で懸命に顔をかばっていた。周囲のみんなから声があがる。 「世界中が見ているぞ!(The whole world is watching!)」
「歩道に上がれ!」と誰かが言う。デモの許可時間は、そろそろ切れかかっているはずだ。ヘルメットをつけた警官たちが道路になだれ込んできて、あっというまに車道と歩道の間にバリケードを立てた。私と友人は公園の反対の、建物に沿った歩道にいた。公園側にもまだたくさんの人がいた。警官たちは車道に入ると、バリケードに沿って一列に並びはじめた。 そのとき、また声が上がった。車道の中で、誰かが逮捕されていた。さっき見た、「革命主義」の少年たちの1人だ。まだ17〜18歳くらいのその少年を、警官が4人がかりで抑えつけて連行しようとしていた。その様子を写真に撮ろうと、私はカメラを構えた。 気がついたら、路上に倒れていた。声を上げる間もなかった。誰かに後ろから突き飛ばされたのだ。周囲の人が助け起こしてくれた。振り向くと、私のそばにいた友人と見知らぬ女性が、体重200キロはありそうな、ずんぐりした警官に喰ってかかっていた。 「こんな小柄な女性を突き飛ばして……むしろ彼女を守るべき立場でしょう!」 立ち上がった私を、その警官はなおも手で押してくる。 「そこをどけ。歩道を占拠するのはやめるんだ」 「さっさと歩け。お前たちは歩道を占拠している」 別の警官も私たちを押してくる。 カメラを構えて、私を突き飛ばした警官の顔を撮った。警官たちは警棒を横に持ち、ブルドーザーのように機械的に私たちを押していた。予告も、警告もまるでなし。突然、歩道は「いてはいけない場所」になってしまった。じゃあ、どこに行けっていうのだろう? 私たちを10数メートルほど押すと、はじまりと同じように突然、警官たちは押すのをやめた。 「パディ・ワゴンが来た」。誰かが指さした。小型の護送車が後ろ向きに入ってきた。警官たちは、白いプラスチックの簡易手錠のようなものを、1人当たり10数個くらい持っていた。いったい何人逮捕するつもりなんだろう?
いつのまにか集会は、反戦デモから、反警察デモのような雰囲気になっていた。デモは正式には終了していたけれど、次々に逮捕されているらしい、共にデモを歩いた人々への仲間意識のようなものが働いて、すぐには立ち去れなかった。小さな暴力ではあったけれど、生まれてはじめて警官に暴力を受けたことのショックもあった。彼らが手に握っていた警棒を、これほど怖いと感じたのははじめてだった。 パディ・ワゴンがまた1台入ってきた。警官の数も、続々と増えていた。「命令を待っているのよ」と友人が言う。「いつもそうなの。それまでは知らんぷりしているくせに、突然、警棒を持って襲いかかってくる。こうして歩道に立っていることだって、彼らが『これは通行の邪魔だ』と言ったら、それだけで逮捕の根拠になるの」。
友人は2月15日のニューヨークのデモにも参加していたのだが、そのときは騎馬警官が動員され、通りに閉じ込められた人々を挟むようにして両方から押し寄せてきたのだという。 「馬が通りの幅いっぱいに並んで、私たちを蹴散らそうと構えていたの。前からも、後ろからも。あれは本当に怖かった」。友人も含め多くの人は路上に駐車した車に身を寄せて(歩道はすでに、ほかのデモ参加者でいっぱいだった)助かったが、最後まで抵抗して路上に座っていた人々はワラのように蹴散らされ、つまみあげられ、連行されていったのだという。 確かに、許可された時間を無視してデモを続けたり路上で旗を燃やしたり……という行為が取締の対象になるのは理解できる。でも、いきなりヘルメット装備の警官を何百人も導入して、ただ見ているだけの人々をゴミの山みたいに蹴散らす必要があるのだろうか? 立っていていいはずの歩道が、警察のひと言でいきなり立っていてはいけない場所になるという恣意性。そこにある論理は、昨年ブッシュ大統領が強引に通過させた「テロリストと関係があると思われる人間は逮捕してもよい」というPatriot Actとそっくりだ。警官たちのうっすらと笑っているような、それでいて奇妙にこわばった表情と、「警察国家」という言葉が脳裏で重なった。
さっきまでの陽気はどこへやら、辺りはすっかり肌寒くなっていた。私は軽いジャケットを羽織っていただけだったので、ガタガタ震えていた。 「そろそろ行こうか」 友人が言う。 「そうだね。なんだか、去りがたいけど……」 公園を横切ると、まだ多くの人がいた。不思議と公園内には、警官の姿はひとりも見えなかった。公園内では人が集まっていても取締りの対象にはならないのかもしれない。中央部にある丸い広場では、不思議なジャムセッションが繰り広げられていた。いくつもの太鼓やタンバリン、その他いろんな形の打楽器に、トランペットや笛。円の中ではそれぞれがそれぞれのスタイルで、ひとつのうねりにあわせて楽器を奏で、踊っている。広場のまわりで見ている人も含めると、ざっと500人はいるだろう。 私たちもハンドシンバルと笛を取り出して、音楽の輪に加わった。 「何が欲しい?」 「平和!」 「いつ欲しい?」 「いま!」 どこの国の音楽とも形容しがたい不思議なハーモニー。空には、大きな赤い風船が舞っていた。 Photos & text / Watanabe Yo |
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