 |
政治や教育ももちろん大切だけれど……
東ティモールの医療事情について調べようと、独立前後に書かれた記事をあたってみましたが、医療についての記述はほとんど見つけられませんでした。多くの記事は、東ティモールの一般的な歴史、日本など外国側から見た政治的見解に限られているのです。
しかし医療こそ、現地の人々の命に最も密着しているもの。政治や教育ももちろん大切ですが、医療は人々が生き続けていくための日々の問題です。非常事態を脱したということで赤十字や国境なき医師団が去った今の東ティモールで、医療は他のどの分野よりも置き去りにされているように見えます。
東ティモール人医師が育たない!
私が取材をしてまわった独立直前の時点では、東ティモール人の医師は片手で数えるほどもいないということでした。その彼らもほとんどが病院の運営のほうをまかされていて、実際に患者を扱うのは政府や国連に雇われている外国人医師でした。
特に地方では、医師のほとんどはポルトガル語を話せるポルトガル人、ブラジル人、モザンビーク人などでした(※)。このような外国人医師たちは半年から1年の契約で来るのですが、病院以外では言葉も通じず、仕事上のバックアップもほとんど得られず、契約途中でやめていく医師も少なくないということです。
一方、ある東ティモール人が話してくれたことによると、インドネシア占領下では東ティモール人が医師になる教育を受けられたことはまれで、運良くなれたとしても、誰がわずか月200ドルの給料で働くものか、ということでした。国連や政府経由で雇われている外国人医師たちは月に何千ドルももらっているのだから、それはもっともな話です。
人々に信頼されていない病院
東ティモール人の病院不信にも根深いものがあります。25年続いたインドネシア占領下では医師のほとんどはインドネシア人で、東ティモール人曰く、彼らは法外なお金をとってろくな治療をしなかったそうです。その不信感は状況が変わった今でも変わっていません。
治療費が無料と言っても、やってくるのは本当にギリギリになって危険な状態の人々が多いようです。子どものマラリアなど早く病院に行けば治るものも、親の判断ミスや病院まで来る交通手段がないことなどから手後れになり死なせてしまうケースが非常に多いと、モザンビーク人の医師が嘆いていました。
マラリアの次に大きな問題は、出産前後の母子の死亡率の高さです。とくに東ティモールでは自宅で出産する習慣があるため、母子ともに死亡率が非常に高いということでした。ロスパロスの病院では、車で村々を回る「モバイル・クリニック」を政府に提案していましたが、なかなか実現しないようでした。この「モバイル・クリニック」が実現すれば、出産前検診で異常分娩の危険性を判断できる、乳幼児の予防接種を効率よく行えるなどの効果が見込まれています。
1杯の飲み水ももらえない病院
教育などの数々の課題の中でも、とくに医療がなおざりにされていると感じたのは、首都ディリの病院に東ティモール人の友人に付き添って行ったときのことでした。地方の病院にくらべて薬などは比較的あるものの、友人のために1杯の水をもらおうと医者に頼んだところ「飲み水はありません。外で買ってきて下さい」と言われたのです。
自分のインドネシア語の間違いだろうと思ってもう一度頼むと、「だから飲み水はこの病院にはないのです。水道水はそのままでは飲めないし、水道水を蒸留するものもありません。私たちスタッフも自分で水を持ってきています。文句は政府に言って下さい。なんせ、予算がないんですから」。
首都でいちばん大きな病院ですら飲み水のない状態。国連やPKF(国連平和維持軍)の物資倉庫には山ほどのミネラルウォーターのボトルが各国の職員に配布されるのを待っているというのに。
盛んな援助の落とし穴
発展途上国の取材を通じていつも痛感するのは、「国際援助」というのは思うように流れてくれないなぁ、ということです。1つの援助団体が1つの担当をきちんとこなす。そこまではいいのですが、それぞれの間に必ずギャップがある。そして、そのギャップがかなり深刻だったりする。よく見かけたのは、どこかの援助団体から農業支援のために寄付されたトラクターが、ガソリンが買えないためにそのまま放置されていて、人々は相変わらず馬で畑を耕しているようなことでした。
地元の事情に根ざした援助は本当に難しい。人々と共に生活し、人々の視線で物事を見なければ援助のギャップは見えてこないし、ギャップが見えなければ、よかれと思ってした援助も役に立たなかったり、かえって悪い結果をもたらしたり。
特に政府間のODAなどの場合、役人同士が水も買えないくらい貧しい人たちのニーズを決める。どれだけこの貧しい人たちの視点で物事が見えていて、彼らが本当に必要としているものが分かっているのだろうか? ここに援助の本質があるように思えます。
援助のギャップを埋めるためには?
世界中の豊かな国々が毎年何十兆円にも達するお金を援助に注ぎ込んでいるのに、世界から貧困がなくなる気配は一向に見えません。どこかやり方が間違っているのではないでしょうか。援助と援助の間のギャップばかりがどんどん広がっていくような気がしてなりません。
「もっと、もっと、援助を」のかけ声に、日本もはりきってこの新しい国への援助競争に参加しています。私はこの援助が、少しでも例のギャップを埋める方向で進むように、地に足の着いた形で流れていくことを願ってやみません。
<終わり>
|
|

|
|
 |
| 目の手術をした女の子。もうすぐ退院……(詳細は写真をクリックしてご覧ください) |
| ※東ティモールの言語問題 |
 |
東ティモールでは、2002年の独立後、インドネシア侵攻前の宗主国の言葉であるポルトガル語を公用語のひとつとして採用している。しかし使っているのは役人や医師弁護士などのとくに年配層に限られ、多くの人々はもうひとつの公用語である現地語のテトゥン語か、インドネシア語を使っている。
●詳しくは当連載の第3回を参照
※ページの下の方にもリンクがあります。
|
|
|
 |
 |
| 待ち合い室で。遠くから1日がかりでやってくる人も多い…… |
 |
 |
| 大勢の家族がわいわい見舞いに来て、一緒に食事をしているのを見ると…… |
 |
 |
| 急性のマラリアのため、遠くの村から運ばれてきた子どもとその父親。結局この子は…… |
 |
 |
| 交通事故にあった男の子と付き添いのお母さん。痛みどめが効かないらしく…… |
 |
 |
| ここは、カソリックのシスターが開いている診療所…… |
 |
| かに さえ |
 |
| フォトジャーナリスト。東南アジアを中心にした開発と環境問題のリサーチをロンドンの大学院で修了するも、「アカデミアの閉鎖性と表現の限界に頭にきて」、自由な表現と多くの人に伝えることができる可能性を求めてフォトジャーナリズムに方向転換中。「今のマスメディアの報道姿勢に憤ることも多く、早く自分の方法論とスタイルを確立したいともがいています」。ロンドン在住、普段は雑誌の取材やコーディネイトも手がける。
email:sae_kani@yahoo.co.uk |
|
|
|