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更新日:2002年11月25日
新しい国、東ティモール誕生の瞬間
 
1999年の民兵による虐殺の報道を覚えていますか。初代の大統領になった
シャナナ・グスマオ氏を知っていますか。この世界で最も新しい国では今、
自分たちの国を作るための人々の必死の努力が始まっています。その様子を
ロンドン在住の日本人女性がレポートします。(全4回)
文・写真/かにさえ
第1回 天国と言われたバリ島の隣で起こっていた地獄
 


バリ島からたった1時間の距離なのに

 「東ティモール」と聞いてすぐに世界地図上の位置がわかる人は少ないでしょう。「そういえば最近ニュースで何度か耳にした」という人もいるかもしれません。

  バリ島が国ではなくてインドネシアの一部だと知って旅をしている人があまりにも少ない現実を考えると、東ティモールがつい最近までインドネシアに武力併合されていて、併合されていた25年の間に人口の3分の1が殺されたことを知っている人があまりいなくても無理はないかもしれません。それがたとえ日本人のお気に入りのバリ島から、たった1時間半のフライトの距離にあるとしても。



25年間のインドネシア占領から
ついに今年独立


  東ティモールは、バリ島よりもさらに東、オーストラリア大陸の上(真北)に横長にのびるティモール島のそのまた東半分、ちょうど四国ほどの小さな国です。国と呼べるようになったのは今年の5月20日に国連統治下の暫定政府が解消され、独立宣言をしてからのこと。

  独立は、1999年8月30日に行われた東ティモールの人々による直接投票で決まっていました。独立反対・親インドネシア派の民兵からの度重なる暴力による妨害にもかかわらず98.6%の人々が投票し、78.8%が独立を選択しました。

  しかしその後、インドネシア国軍をバックにした民兵たちによる想像できるかぎりの暴力と殺戮(虐殺、家族の前でのレイプや虐殺、見せしめのリンチ、放火など)により、首都ディリの90%、全国の75%の建物が燃え、人口約75万人中25万人が難民となって、インドネシア領西ティモールに逃げました。

  インドネシアの25年間の圧政とこのとどめの「焦土作戦」により、東ティモールの独立は「マイナスからのスタート」になったのです。



頭から離れない、
99年のバリの空港での体験


  私が東ティモールに行くことにしたのは、ある場面がずっと頭に残っていたからかもしれません。1999年9月、バリ島での夏休みの休暇を終えてロンドンに帰る日のことでした。バリのデンパサ−ル空港で、浮かれた観光客の中にせっぱつまった表情をした一団の姿がありました。

  彼らは国境なき医師団、赤十字、WFP(世界食料計画)のスタッフで、民兵による虐殺が勃発した東ティモールに向かうところでした。まさにこれから戦場へという彼らの雰囲気は、華やかな空港では異様で、隣に座っているだけでドキドキしたことを覚えています。

  バリからたった1時間半のところで今まさに殺戮が行われているという事実。ロンドンに帰るよりこの人たちと一緒に援助に行きたいという衝動的な思い。その一瞬あとに来た「でも、すごく怖い所に違いない」「近寄らないほうがいいだろう」という思い……。



3年後、フォトジャーナリストになって

  3年が経ち、フォトジャーナリストになりたての私は、独立をニュースで知り、あのデンパサール空港でのシーンが頭から離れなくなりました。怖い、近寄らないほうがいいと私が背を向けてしまったあの土地で、今人々はどのように暮らしているのだろう。あのとき行動しなかったことに対する罪悪感から、行ってこの目で見なければと思いました。

  東ティモールの25年を本で読み勉強するほど、その歴史の壮絶さに驚き、日本を含めた国際社会がいかに東ティモールを見殺しにしてきたか知るにつれ、「今さらだけどしっかり知らなければ……」と思ったのです。

  独立は一つの過程でしかなく、これから新しい国としてどうなっていくのか。経済は? 貧困は? 教育は? 問題は山積みです。20年以上も国際社会に無視され続けてきた東ティモール。今ここで新たに注目を集めていても、独立後はまた忘れられていくかもしれません。

  東ティモール行きを決めた時点では、何をどのように取材できるのかも分からない状態でした。が、幸いにもある日本のジャーナリストとその方が紹介してくださった現地のある一家によるサポートのおかげで、駆け出しフォトジャーナリストの私は急遽、ティモール独立のシンボルであった元ゲリラの司令官(現大統領)、シャナナ・グスマオ氏の大統領選に密着取材できることになりました。

第2回に続く>>


 

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シャナナの選挙演説が開かれた日。この子は……(詳細は写真をクリックしてご覧ください)


東ティモールとは
バリ島のさらに東、横に細長いティモール島の東半分を占める国。四国とほぼ同じ面積に、80万人前後が暮らしている。長くポルトガル領だったが、第二次大戦では日本の占領下に置かれた(ここでも日本軍による従軍慰安婦問題が問題になっている)。
戦後は再びポルトガル領に戻ったが、ポルトガルが植民支配を止めることを決めたため、1975年、独立派とインドネシア併合派の間で武力衝突が起き、内戦状態に。翌年にはインドネシア軍が侵攻、武力併合された。インドネシアによる圧政の25年間、現大統領のシャナナ・グスマオ氏ら独立派はゲリラとなって山岳地帯に潜伏、独立のための戦いを続けてきた。
1999年に独立を問う直接投票が行われ、78.8%の得票率で独立派が勝利。しかしその直後からインドネシア軍をバックにした併合派民兵の暴動が起き、混乱。国連から多国籍軍が投入されることになった。
国連の管理下から02年5月に正式に独立、21世紀最初の国が誕生した。今回のレポートは、02年4月に行われた大統領選挙とその時点での東ティモールに関するものである。

●東ティモールの位置はここ(地図)
WorldAtlas.com


※ページの下の方にもリンクがあります。





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焼けただれたインドネシア兵士の像。その銃口の先には……




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雨期には、町は頻繁に水びたしになるが……




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ここは、東ティモールでの悲劇が世界中に知られることになった記念碑的な場所……




かに さえ
フォトジャーナリスト。東南アジアを中心にした開発と環境問題のリサーチをロンドンの大学院で修了するも、「アカデミアの閉鎖性と表現の限界に頭にきて」、自由な表現と多くの人に伝えることができる可能性を求めてフォトジャーナリズムに方向転換中。「今のマスメディアの報道姿勢に憤ることも多く、早く自分の方法論とスタイルを確立したいともがいています」。ロンドン在住、普段は雑誌の取材やコーディネイトも手がける。 email:sae_kani@yahoo.co.uk

次号以降の予告とバックナンバー
第1回 天国と言われたバリ島の
隣で起こっていた地獄
第2回 国民的ヒーロー、
グスマオ氏の大統領選ルポ
第3回 国の将来にとって
もっとも大切なもの、学校
第4回 水も飲めない病院に思う
国際援助の難しさ

text & photos/ Kani Sae

 
関連リンク
■かにさえさんの写真記事掲載サイト
●documentography.com
世界の若いフォトジャーナリストの作品を集めたサイト。「issue2」の中にかにさんの記事があります

■Cafeglobe.com記事より

■そのほかの東ティモール関連サイト
●東ティモール政府のオフィシャルサイト(英語他)

東チモールに自由を!全国協議会

東ティモール情報サイト(英語)

*リンク先サイトの内容に関して、Cafeglobeは責任を負いかねます。また、必ずしもその内容に賛同しているわけではありません。ご自身の判断でご利用ください。

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