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更新日:2002年12月9日 RSS

新しい国、東ティモール誕生の瞬間
 
1999年の民兵による虐殺の報道を覚えていますか。初代の大統領になった
シャナナ・グスマオ氏を知っていますか。この世界で最も新しい国では今、
自分たちの国を作るための人々の必死の努力が始まっています。その様子を
ロンドン在住の日本人女性がレポートします。(全4回)
文・写真/かにさえ
第2回 国民的ヒーロー、グスマオ氏の大統領選ルポ
 


あのシャナナに密着取材ができる!

  東ティモールに行って取材することは決めたものの、「ティモールに知っている人もいないのにどうしよう」と思っていたところ、ロンドンを出発する数日前、明け方に電話がかかってきました。現地の元政治活動家からで、大統領候補のシャナナ・グスマオ氏に密着取材できるかもしれないというのです。「オーマイゴッド!」。

  カメラマンとしてはまだまだ駆け出しの私。世界中から集まるカメラマンの前で恥をかかないようにという友人の配慮で、土壇場になって苦手なフラッシュを特訓、錆びついていたインドネシア語をおさらいし、いざ東ティモールへ出かけたのでした。



アジアのネルソン・マンデラ

  ここでシャナナ・グスマオ氏について少々説明を。彼は、東ティモールがインドネシアによって侵略された当初から(詳細については前回を参照)、東ティモール独立のために統一戦線を張り、ジャングルや山などにこもってゲリラ戦を続けてきたカリスマ司令官。「ゲリラ」というと、テロリスト・犯罪者というイメージがあるかもしれませんが、東ティモールのゲリラたちは、地元の人々に支えられた、独立のための闘士たちでした。

  ともすれば世界から紛争があることすら忘れ去られてしまう小国。ゲリラの存在は、「東ティモールはまだインドネシアに屈したわけではない」ということを世界に示すためにも意味があったと言えます。人々も彼らに食べものや情報を提供し、心理的には共に戦ってきたのです。

  実際には、ゲリラは1000人に満たなかったそうです。それが2〜3万人ものインドネシア正規軍を20年以上も威嚇し続け、最終的に独立を勝ち取るまで戦い続けたのです。これは、人々の協力なしにはなしえなかったことでしょう。とくにシャナナは1992年に逮捕された後も刑務所から指示を出し続け、「アジアのネルソン・マンデラ」とも評されたほどの存在感で世界に東ティモールの問題をアピールしつづけた、まさにカリスマでした。



超苛烈スケジュールでも元気な元ゲリラ

  東ティモールに到着した私の不安は、「元ゲリラたちと行動して体力がもつだろうか?」というものでした。東ティモールの人々は、ゲリラをたたえて「ゲリラは寝ない」と言います。敵との戦闘に備えるために常にジャングルの中を移動し、数時間以上続けて寝ることはなかったのだそうです。シャナナはもちろん、彼の選挙戦を支えている仲間たちの多くがゲリラ並の精神力のある元活動家。いったいどんな強行軍になることやら……。

  案の定、取材は初日からハードスケジュール。東ティモールは道路等のインフラが整備されていないため、普通なら2時間ほどの距離に5〜6時間かかるのはざらで、冠水だ土砂崩れだと道をふさがれることも頻繁に起こります。いまにも崖から落ちそうな山道をボロボロのワゴン車でシャナナの車(さすがに彼の車はエアコン付4WD)を追いかけるのは冷や汗ものでした。

  1日平均8時間の演説プラス8時間の山道の移動に続き、後援会の人たちとの会食などが延々と続く毎日。翌朝4時、私がヘロヘロと起きてみると、「グッドモーニング!」と元気な声。見れば気持ちよさそうに外でたばこを吸っているシャナナが。「ゲリラは寝ない」はやはり本当だ、というのが私の感想でした。



シャナナを熱狂的に迎える人々

  シャナナの人気は、私の想像をはるかに超えるものでした。選挙演説の予定地に到着するたび、熱狂的な応援団が出迎えてきます(写真参照)。

  ある地方での演説では、シャナナのジャングル時代のボディガードとの出会いがありました。杖をついてやっとの思いでシャナナに会いに来た老人とシャナナ氏の長い抱擁を見つめていた現在のボディガードが、目に涙を浮かべて、「彼こそボディガードの鑑だ」とつぶやいていました。

  インドネシア軍の拷問で両手を岩でつぶされたという元ゲリラの老人とも出会いました。彼はシャナナとの会食に招ばれ、うれしそうに、誇りに満ちた姿勢でつぶれた両手でスプーンを握っていました。ひどい虐待に遭い体が不自由になっていても、この老人はそれを東ティモールの歴史そのものとともに背負い、今を飄々と生きているように見えました。

  シャナナの演説の一言一言を固唾を飲むように聞き入っている人々の中には、彼とジャングルで寝起きを共にした人もいました。シャナナの語る独立までの思い、またその間に失った多くの勇敢ですばらしい能力のあった人たちへの思いは、独立を支持し続けた年輩の東ティモール人の思いそのもの、きっと感無量だったのではないでしょうか。シャナナを静かに見つめるその目は、ギリギリの線で生きてきた思いとその強さを表しているようでした。



生きる、だから進む

  1975年にインドネシアが東ティモールを武力併合して以来25年の間に、じつに人口の3分の1の人が飢えや武力衝突、虐殺によって命を落としました。特に1999年の虐殺で家族を亡くした人にとってみれば、まだついこの間のこと。目の前で、親兄弟を殺され、家を焼かれた人も少なくありません。

  怒りや悲しみで打ちひしがれていてもおかしくないはずなのに、彼らの飄々とした強さはどこから来るのだろうかと私はずっと疑問に思っていました。私が出会った人のほとんどが、心や体に傷を負っていました。それでも「強い」としか言いようのない生きるオーラを毎日目の当たりにして「この人たちだから勝てたんだ」という実感を持ちました。

  ほとんどの家が焼け、家族の写真や大切な品もすべて盗まれ、しかしそんな何もない中で外国人に媚びず、今の自分たちの生活にも誇りを持っている東ティモールの人々。無知な私をあきれながらも歓迎してくれた人たち。もちろん、私のような短期の訪問者には理解できない、深い怒りと悲しみが社会全体に影を落としているのかもしれません。でも、個人のレベルではただひたすらに「生きる、だから進む」といった、私たち日本や欧米の人たちの「物」に埋もれている生き方を根底から問うようなパワーがありました。私はそのパワーを毎日もらいながら、その強さに完全に感服させられながら、東ティモールの取材を終えたように思います。

  選挙日当日は、心配性の国連の「独立反対派の暴動が起こるのではないか」という予想ははずれて、多くの人がニコニコ微笑む中での穏やか選挙になりました。シャナナは対立候補のシャビア氏を大きく引き離し、70%を超える得票率で当選しました。

第3回に続く>>
現在の東ティモールが独立後に抱える現実問題、教育について



 

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首都ディリでの選挙演説に到着したシャナナ。あっという間に……(詳細は写真をクリックしてご覧ください)


シャナナ・グスマオ氏って誰?
Xanana Gusumao(最後のaにアクセント記号)
1946年生まれのティモール人。インドネシア軍の侵攻後、ゲリラとして山岳地帯に入り、抵抗運動に従事。ゲリラの司令官として抵抗運動を指揮するが、92年にインドネシア軍に逮捕され、インドネシアに連行される。その後も刑務所から抵抗運動を指揮し続けた。
2002年4月の大統領選挙で7割を超える得票率で当選、初代大統領となった。

●大統領選の様子はこちらで
東ティモール大統領選挙の監視をおえて


※ページの下の方にもリンクがあります。





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横浜銀蝿!? と思ってしまうような、シャナナ応援団……




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インドネシア併合派民兵の激しい攻撃に遭った町のひとつであるロスパロスで……




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選挙戦も後半に入り、さすがのシャナナも疲れを見せ始めた……




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シャナナと、カースティ・スウォード・グスマオ夫人。カースティは……




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投票の仕方を教える係員も、投票する人もニコニコの「ニコニコ選挙」……




かに さえ
フォトジャーナリスト。東南アジアを中心にした開発と環境問題のリサーチをロンドンの大学院で修了するも、「アカデミアの閉鎖性と表現の限界に頭にきて」、自由な表現と多くの人に伝えることができる可能性を求めてフォトジャーナリズムに方向転換中。「今のマスメディアの報道姿勢に憤ることも多く、早く自分の方法論とスタイルを確立したいともがいています」。ロンドン在住、普段は雑誌の取材やコーディネイトも手がける。 email:sae_kani@yahoo.co.uk

次号以降の予告とバックナンバー
第1回 天国と言われたバリ島の
隣で起こっていた地獄
第2回 国民的ヒーロー、
グスマオ氏の大統領選ルポ
第3回 国の将来にとって
もっとも大切なもの、学校
第4回 水も飲めない病院に思う
国際援助の難しさ

text & photos/ Kani Sae

 
関連リンク
■かにさえさんの写真記事掲載サイト
●documentography.com
世界の若いフォトジャーナリストの作品を集めたサイト。「issue2」の中にかにさんの記事があります

■Cafeglobe.com記事より

■そのほかの東ティモール関連サイト
●東ティモール政府のオフィシャルサイト(英語他)

東チモールに自由を!全国協議会

東ティモール情報サイト(英語)

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