ちょっと気の利いた和食屋さんに行くと、前菜なんかにモミジや桜の葉っぱがあしらわれているのを見た事があるだろう。見た目に美しく、お料理をぐっとひきたてるあれ。あの「葉っぱ」(つまもの、と呼ばれている)をおばあちゃんたちがつくっている町が四国にある。
徳島県上勝町。桜、梅、モミジ、南天、アジサイ、椿……。徳島市内から車で1時間半ほど。山沿いの道をうねうねと走ってようやく到着する町は、急な山あいにへばりつくようにして広がる。その上勝町には、さまざまな植栽が季節によっていろいろな顔をみせる。
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まさにカネのなる木
料亭におろすつまもの作り |
「木々の見た目も本当にきれいで良かった。でもこれはみな金のなる木なんですよ」。笑顔で案内してくれるのは、横石知二さん。今では年間売り上げ3億にせまる“つまものビジネス”を行う「株式会社いろどり」の副社長だ。
今では町を歩けば、輝く笑顔で生き生きと働くおばあちゃんの姿があちこちで見られるし、いろどりのつまもの事業で稼いだお金で建てた「葉っぱ御殿」も並ぶほど。でも横石さんが農業指導員としてやってきた30年前は全然違った。男たちは昼間っから酒を飲み、女たちは嫁姑の悪口を言い合う。若者たちはどんどん町を出て行き、さびれていくばかり……。典型的な過疎の町だった。
横石さんが着任してから、会社はシイタケなどの事業で一定の成功はおさめていた。が、横石さんはどん欲に町のお年寄りや女性にふさわしい仕事を探していた。ある日、たまたま入った寿司屋で料理に添えられたもみじに出あい、これだ!これなら上勝にいっぱいある!商品化しよう!とひらめく。
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足しげく料亭に通って研究
売れる葉っぱと効率化 |
そこからはそう簡単にはいかない。横石さんの苦闘がはじまった。最初は「葉っぱがお金になるなんて、キツネやたぬきじゃあるまいし」と言われるわ、勢い込んで出荷したはいいが、まったく売れないわ。どういうつまものが求められているのか、研究のため横石さんは自腹を切って料亭に通い続けた。やがて板場に入れてもらえるほどの信頼を勝ち取るが、体重は20キロ増え、痛風になる。
軽くて、細かい手作業が必要なつまものの仕事は、まさに器用なおばあちゃんたち向きだった。山道で足腰の鍛えられているおばあちゃんたちは、数メートルの木ならはしごをかけてするする登っていくし、急な斜面も難なくひょいひょいと降りていく。
事業は少しずつ軌道に乗り始めたが、横石さんの工夫は止まることはなかった。おばあちゃんに自分たちの作ったものがどう使われているのか見てもらうためにバスを仕立てて一流料亭に行き(今でこそおしゃれになったおばあちゃんたちだが、当時は“田舎丸出し”だったため、料亭の人たちに驚かれたそうだ)、発注と注文をスムーズに行うため、防災用の無線を活用したファクスシステムを開発、そのファクスでは毎日横石さんからの、「こんにちは、元気にがんばいようでぇー」などと書かれた「ラブレター」が届く。
パソコンのシステムを導入したときは、おばあちゃんにも使いやすくするために、マウスをお年寄りでも操作しやすいトラックボールタイプにしたり、一目で売上順位と販売高がわかるようにしてやる気を引き出すように工夫したり。今ではおばあちゃんたちは、正座してパソコンを操るのが日常になった。
ちなみに、バーコードを取り入れたときは、おばあちゃんたちは「ばあコード」と勘違いし、説明会で「横石さん、私らに何をつけるん?」と質問してきたとか。なんてキュート!
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年寄りも若者も笑顔に
葉っぱが町を人を活き活きさせる |
そして今では、昼間の飲酒も悪口もすっかりなくなり、それどころか糖尿病などの罹患率や医療費も減った。おばあちゃんたちは社会的な事柄に関心も持つようになり、農水省の役人が視察に訪れた時には「今度(フランスの)シラク(大統領)さんが来られるみたいですけど、晩餐会にはぜひうちの『彩』をつこてください」と、話しかけたという。
高齢者が元気になっただけでなく、なんと町には若者も増えた。横石さんの片腕をつとめる上野あやさんは、東京出身。都内の大学を卒業後、上勝町にやってきた。おばあちゃんと若者が生き生きと働くまち、あなたも一度行ってみたくないですか?
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