
茶園 瞳 HITOMI CHAEN/大学教授
入試の季節がやってきました。受ける方も、受け入れる方も、緊張しますね。一年で一番寒い時期に入試だから、受験生は体調管理が本当に大変だろうし、受け入れる側はミスや不手際が生じないよう細心の注意を払っています。私がキャンパスで粛々と業務をこなすなか、原発再稼働に関する都民投票を求める直接請求の署名は必要な約21万筆を突破。明るいニュースです。
こども・子育て新システムの基本制度ワーキングチームの会議が1月31日で終了となり、政府は今国会での法案通過を目指して急ピッチで法案作成作業に取りかかっています。ワーキングチームは去年の9月から最終回まで20回も検討を重ねてきたのですから、成案はよりよいものになっているはず。ところが、最終回の議論をきいても、保護者の懸念は払拭されないまま。論点は多岐にのぼりますが、保育はビジネスとして成立するのか、営利企業の参入を認めるべきか、という点に絞って考えてみたいと思います。
新システムの出発点は、待機児童の解消にあります。すでに自民党政権時代から国は待機児童解消政策に取り組んできたのですが、保育園を増やすと潜在需要が刺激され、さらに保育園が不足するというパターンを繰り返してきました。そこで抜本的対策として、保育への営利企業の参入を認めることで量的拡大を図る方針が打ち出されたのです。この方針は民主党政権になっても引き継がれました。
ただ保育、とりわけ0〜2歳児の保育は、ビジネスとして成立しないのが現状です。なぜかというと、保育で利益をあげるには人件費を削る以外になく、人数を減らすと目が行き届かなくなり事故の発生が増えるからです。あるいは人件費の単価(つまり給料)を引き下げると保育士が定着しなくなり、保育の質の低下が免れ得なくなります。またコストに見合うだけの利用料を保護者から徴収するとなると、少なくとも月10万円以上になり、払える人が限られてきます。共稼ぎでないと生計が成り立たない家庭の場合、これは非現実的な値段です。したがって、保育には補助金を入れ、かつ応能負担とし、保護者は所得に応じて利用料を払い、行政が責任を持って質を保障する仕組みになっているわけです。
ところが、現在の仕組みのまま量的拡大を行うのは財政上無理であるというのが政府の見解です。つまりプライオリティが低いのです。また、待機児童対策は現行法では行政の責任で解消しなくてはいけないのですが、その責任も負いたくない。他方、保育産業に参入したいと思っている営利企業は存在する。そこで出てきたのが、営利企業の参入というわけです。それも参入を促すために、補助金を投入し、かつ利益を配当やその他の事業に流用することも可能な仕組みとしています。正確には、認証保育園が移ることが想定されている総合こども園では配当に一定の制限がかけられ、他事業への流用は禁止されますが、認可外の保育園が移ることが予定されているこども園では、配当・流用に制限なしとなる模様です。
教育・保育の場に営利企業が参入するというのは初めてのことなので、当然ながら各方面から懸念が出され、ワーキングチームの最終回でもこの点を巡って激しい議論の応酬が見られました。参入したい株式会社側と、一定のルールを設けるべきだとする保護者・教育学者の間で白熱の議論です。内閣府のHPから視聴可能ですから、ご関心のある方はぜひどうぞ。ジーンとなります。
驚くのは、株式会社の参入に関して、保育に関わるすべての団体がはっきりと反対の意見表明をしていたということです。それにも関わらず、最終結論では配当・その他事業への流用が認められたのですから、結論ありきの議論だったと思われても仕方ないでしょう。
さらには「上乗せ徴収」も認められました。これは付加的サービスを行った場合、毎月の保育料に追加して利用料を徴収できる仕組みです。例えば、英語のクラスを開設する園は、追加料金を徴収することが可能になります。こうした仕組みに対して、当然ながら保育関係者は、公的仕組みに馴染まないと異議を申し立てています。現在でも、習い事をさせるかどうかの段階で、家庭の事情によって子ども達の教育環境は違うのですが、これはあくまで私的領域での話。これが公的保育・教育の場において正当に行われるというのですから、文化大革命といってもいいぐらい大きな変化ではないでしょうか。保育は従来の「保障された権利」から「有料サービス」へと質的転換へと遂げることになるからです。
つまりは保育・教育に営利企業の参入を認めるというのは、サービス供給主体が増えていいではないかという単純な話では到底ないということなのです。保育とは何か、教育とは何か、子どもの成長をどのように保障するのか、どこまでが全ての子どもに与えられるべきことなのか、ということに関する本質的議論に関係することなのです。
(続きはこちら)