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650人の聴衆、150社のメディアを前にして |
彼女が舞台に上がると、会場に一瞬穏やかな空気が流れた。3日間もの間、世界の有名シェフによる講演を受講してきた聴衆にとって、アジア人女性の登場はどこか心和むものだったに違いない。しかし、彼女が流暢なフランス語で話し始めると、会場は再び緊張感に包まれた。
これは、1月21〜24日に開催された『第6回マドリッド・フュージョン(またの名を、世界料理フォーラム)』での一幕。同イベントは、世界各国から著名なシェフたちが集まり、最新の調理技術や独自の研究を発表するという内容で、“シェフたちの学会”、“料理サミット”とも呼ばれている。
『マドリッド・フュージョン』では今年も、前衛料理を世界に知らしめた『エル・ブリ』のフェラン・アドリア氏(写真左から2番目)や、女性で唯一、ミシェランの5つ星シェフとして知られる『サン・パウ』(スペイン店は3つ星、東京店では2つ星を獲得した有名店)のカルメ・ルスカイェーダ氏らといった、第一線で活躍するシェフが次々に登場し、会場を多いに沸かせた。写真は「テレビ界で活躍した料理人へのオマージュ」という賞を受賞した4人。日本からは服部幸應氏が受賞(写真右)。その他、フランスからはジョエル・ロブション氏(右から2番目)、イギリスからは、3つ星レストラン『THE FAT DUCK』のシェフ、ヘストン・ブルーメンタール氏(写真左)。 聴衆の関心を惹きつけたアジア人女性というのは、日本人パティシエ長江桂子さん。2年前にドキュメント番組『情熱大陸』でも紹介され、日本でも一躍有名になった彼女は、現在パリの一流ホテル『Hotel Lancaster(オテル・ランカスター)』のシェフパティシエとして日々腕をふるっている。
長江桂子さん。昨年の『マドリッド・フュージョン』が主催した晩餐会でのデザートを担当したことがきっかけで、今年はデモンストレーションでの登場となった。「日本にいるときから日本人らしくないって言われていました」と笑いながら話してくれた彼女は、堂々たる立ち振る舞いが美しく、他の有名シェフにまったくひけをとらない存在感を放っていた。 今回彼女が650人の聴衆、150社近くの海外メディアの前で作ってみせたのは「フォンダン・チーズケーキ、くずのジュレと柑橘類のモザイク」。明瞭な説明、正確で淀みない手さばきで展開された彼女の発表は、他の数ある講演の中でも、最も分かりやすいデモンストレーションのひとつだった。
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中間の人たち”に向けて、発信したい |
大会終了後、彼女にインタビューする機会を得た筆者は、今回のレシピを説明してもらった。「フランス菓子ですし、特に日本を意識するというつもりはなかったんです。季節ならではのものを使いたかったので、柑橘類を選びました。そのフレッシュさに対して、クリーミーなものを、とチーズケーキを合わせて。そんな風に仕上げていくうちに、他のテクスチャーも混ぜたくなったのですが、ムースではあまりに一般的ですし、ゼラチンやアガルアガル(
※)もつまらない。ということで、くずを採用したんです」。日本から何種類ものくずを取り寄せ、試作を続け、それぞれのコシや透明感を研究し、今日に至ったという。常に「なぜ?」を追求するのが好きだという彼女らしく、発表の際には、くずの栽培の様子も映像で紹介され、くずを知らない聴衆の興味を多いに惹きつけていた。
※寒天のこと。
こちらが発表されたスイーツ。グレープフルーツ2種、オレンジ2種を使ったゼリーと、くずで仕上げたチーズケーキを合わせて。「レストランで出すデザートは瞬間性を大事にしたい」という長江桂子さん。飾り用として添えられたオレンジの花の香りも、きちんと計算されている。 フランスで39年間もの間3ツ星を保持し続けるミッシェル・トロワグロ氏に見いだされ、世界各国で数々の講演を行うほど、人気実力ともに文句なしの一流パティシエ。舞台に立てば、その堂々たる雰囲気で人目を惹かずにはいられない。そんな華やかなイメージとは裏腹に、「朝9時に厨房に入って、気づけば夜中12時半なんてこともざら」というほど、多忙な毎日を過ごしている。34歳を迎えた今、今後についてこんな風に話してくれた。「体力的なことを考えても、この調子で20年も続けられるとは思っていません。これから少しずつ、自分のペースでお菓子を表現できる場を作っていきたい」。
なんでも将来の夢は「自分が学生のときに出会えなかった、初心者でもなくプロでもない、“中間の人たち”のためのお菓子の本をつくること」。その夢が叶う日は、そう遠くはないはずだ。
<関連リンク>
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『マドリッド・フュージョン』のWebサイト●
服部栄養専門学校のWebサイト内にある『エル ブリ』の紹介ページ●
『サン パウ』(日本店)のWebサイト