「ホテル西洋 銀座」が惜しまれつつ閉館。 さようなら、また、いつか。

「ホテル西洋 銀座」が惜しまれつつ閉館。 さようなら、また、いつか。

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5月31日(金)、「ホテル西洋 銀座」が26年の歴史に幕を下ろしました。最後の瞬間を見届けるため、31日の深夜0時過ぎに行われた閉館セレモニーへ。総支配人・戸張浩幸さんのお別れのご挨拶は、温かで清々しい、ホテル愛溢れるものでした。


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「いつかまた、どこかで」。総支配人の戸張浩幸さん(左)の挨拶はこの言葉で締めくくられた。最後はスタッフの皆さん、爽やかな笑顔でお別れを! 閉館が決まった1年前から、このホテルを去ったスタッフはわずか1割。ほとんどのスタッフが最後の瞬間まで勤め上げたそう。このホテルがいかに愛されていたかが分かります。


1987年にオープンし、日本初のバトラーサービスを導入したことで知られる「ホテル西洋 銀座」。宿泊だけでなく、ラウンジ「プレリュード」でのアフタヌーンティーやイタリアン「アトーレ」でのランチ、朝食ならフランス料理店「レペトワ」のフレンチトーストやエッグベネディクト......といった名作メニューが多数誕生しているので、通った思い出のある読者の方も多いのではないでしょうか。


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(写真右)大輪のシャクヤクが飾り付けられたエントランスの大階段。これもお客様を見送るための最後の演出。(写真左)わずか77室、平均客室面積60平米を誇り、日本初の"スモールラグジュアリーホテル"として誕生した。


かく言う筆者も、ここは接客という技術の奥深さを知るきっかけになった憧れのホテルの1つ。自分が大のホテル好きになったのも、ホテルマンの一流の接客に感動した体験があったからであり、中でもこの「ホテル西洋 銀座」のサービスのきめ細やかさは特別なものがありました


時代を経て経営母体が移り変わるなど数々の変遷をたどっても、ずっと常連客に愛され続けた理由は、このホスピタリティに満ちたサービスの力に他ならないでしょう。何より、こんなにもスタッフが自身の仕事場を愛していることが伝わってきたホテルって、そうなかったんですよね。


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(写真右)レセプションエリア。宿泊者はチェックインした瞬間から名前で呼びかけられ、外出から帰るとさりげなく出迎えられた。(写真左)ラウンジ「プレリュード』。最後の瞬間まで名残惜しむファンで満席だった。


常連のゲストの好みは仔細に記録し、例えばカフェオレならミルクの量や泡立て具合はもちろん、砂糖もお好みのメーカーのものを用意してお出しする――取材のたび、そんなエピソードを聞くのが本当に楽しかった。このホテルには「バブルの終焉」なんて常套句では片付けられない、大切に育まれた豊かな時間が息づいていたのだと思います。


どうか今後、あの接客のプロであるスタッフ陣の技術が活かされる場がありますように。そして日本のホテル文化がもっともっと成熟していきますように。総支配人の温かいスピーチを聞きながら、そんなことを思ったのでした。


さて、ホテルは幕を閉じたけれど、「銀座マカロン」(写真)をはじめ名作スイーツの味は専門ショップで受け継がれます。あの美しい円錐形の「西洋モンブラン」も不滅ですよ! ちょっと背伸びして通った「プレリュード」でロイヤルミルクティーと西洋モンブランを味わった20代のあの日。これからは、職場や友人宅で西洋銀座の名作スイーツを頬張りながら、あの頃の思い出を語り合う......なんて楽しみ方もできそうです。


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6月12日(水)、「パティスリー西洋銀座」が「日本橋三越本店」にオープン。そのほか「大丸東京店」の「デリショップ西洋銀座」では引き続き特製ビーフシチューや自家製パンなどホテルの味が購入可能。手みやげにいかが?


ホテル西洋 銀座


(取材・文/藤森陽子)

「ホテル西洋 銀座」が惜しまれつつ閉館。 さようなら、また、いつか。

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