今年の初夏、ある立食パーティで知り合ったローランスは、背が高く、柔らかい笑顔。議論になると、公正な視点から、要点を低い声で端的に述べる話し方が印象的でした。あとから、企業のジュリスト(法務担当者)だと聞き、なるほどと頷いたものです。

ところが、秋になってから、そのローランスが辞職したと知りました。それも、ぐるりと方向転換し、小学校の先生になるためというではないですか。

その決心について聞かせてもらおうと、インタビューに赴きました。

会社は替えやすいが、役職は替えにくいフランス

会社を替えるという意味でなら、おそらく日本よりフランスのほうが、転職しやすいでしょう。キャリアアップには転職がつきものという認識もあるくらいです。

けれども、仕事の内容自体を変えての転職というのは、もしかしたら、フランスのほうが日本より難しいかもしれません。

というのも、そもそもフランスでは、高等教育で何を専門とするかが、その後の仕事選びに直接結びつくのです。日本だと、私のまわりでも、文学部を出て銀行勤務とか、栄養学を修めた人が就職先で簿記の資格を取ったという例がありますが、フランスではそういった話はまず聞きません。

そういう意味で、フランスの教育制度は、一度専門を決めてしまうと、方向転換がしづらくできているとも言えます。

それが頭にあった分、ローランスの転職話には、ことのほか、驚いたのです。

転職は家族プロジェクト

ローランスは、大学法学部でマスターまで学んだのち、最初に就職した女性向けプレタポルテ会社で、知的財産権、不動産法、独禁法、消費者保護法など広域にわたっての法務を担当します。

その後、男性アパレルメーカーに転職。上の話で言えば、「会社を替える」という意味の転職です。同社では、不動産法を専門とする法務を11年間受け持ちました。不動産法を選んだのは、複数の異なる業種(建築家、総合建設業、技術者など)と関われる部門だったからです。

子どものころから、外向的で好奇心旺盛だったローランスらしい理由と言えます。まだ新しい会社だったので、彼女が勤めた11年は、事業が大きくなっていく時期に重なり、仕事も面白く、やりがいもありました。

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一方、プライベートでは、夫となるドゥニと知り合い結婚。3人の子どもに恵まれます。2人の出会いは、フランス国鉄ストの日の列車の中。彼女の言葉によれば「その日以来、片時も離れたことがない」2人です。

ドゥニは特許技術者で、法務にも詳しく、ストのせいで長い移動となったその日は、法律の話で盛り上がりました。カップルの結束も固く、今回のローランスの転職話も、彼女ひとりの決心ではなく「2人のプロジェクト」なのだと、最初に聞かされました。

同じことの繰り返しからの脱出

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小学校教師を目指すのは、もちろん偶然ではありません。

「母が20年英語教師をしていたの。子どものころは、クラスのエピソードを話してくれるのが楽しみだったわ」

ローランス自身も、根っからの子ども好き。法務の仕事も10年を越えると、同じことの繰り返しに思える日が増え、教職に惹かれる気持ちがだんだん強くなってきたそうです。確かに、毎日目まぐるしく成長する子どもたち相手なら、一日たりとも同じ日はないことでしょう。

そうして、2年近く前、3人目のエドガーが生まれたころから、真剣に転職を考えはじめます。そのまま仕事を続けていれば、ますます企業内で重い責任を負うことになり、出張も含めた拘束時間が増えるのは目に見えています。

一方、当時6歳、3歳、新生児の子どもたちが自立するまでは、まだしばらく間があります。ドゥニの仕事も多く時間を取られる専門職。家族生活のバランスを取るには、たとえ収入が減っても、どちらかが仕事を替えなくてはと2人で話し合い、「それなら、私は教職にトライしたい」とローランスが希望したそうです。

「教師の仕事は、授業時間だけでないし、仕事を家に持ち帰ることもあるって知っているけど、それでも、夜は子どもたちのそばにいられるでしょう?」

国家試験に向けて猛勉強中

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ところで、小学校教師になるには、国家試験にパスする必要があります。試験は、年に一度、4月に筆記試験、6月に口頭試験と書類審査が実施されます。この秋辞職したばかりのローランスは、いま現在2017年春の試験に向けて猛勉強中です。

「試験勉強は思ったより大変! 勉強のプログラムを立てたんだけど、すでに予定より遅れているので、焦っていないといえば嘘になるかな。でも絶対あきらめないわ。この春で受かるつもりよ。万が一無理でも、来年は必ず受かってみせる」

きっぱりと言い切り、ローランスはすがすがしい笑顔を見せてくれました。試験に受かれば、1年間の実習期間を経て、教職に就くことができます。2017年春の試験に受かれば、ローランスは2018年秋、小学校教師としてデビューすることになります。ちょうど彼女が40代に入る年度です。


周囲の反応はというと、最初は「せっかくのキャリアを......」と惜しむ声もあったものの、いまは「確かに教職が合ってるよ」と応援してくれる人が大半だそうです。面白いことに、彼女の話を聞いて、同じように180度方向転換の転職を検討しはじめた人も複数いるのだとか。

勇気ある決心は、他人をも励まし、連鎖を呼ぶものなのかもしれません。

私自身、この取材を通し、彼女の「自分の可能性を信じて疑わない前向きな姿勢」を、ひしひしと感じました。おかげで、こちらもすがすがしい気分で終えることができたインタビュー。きっと来年のいまごろは、アラフォーの新人教師の活躍が見られるだろうと、確信しています。


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