自由で居心地が良く、自分らしいスタイルでくつろぐことができる。感度が高い国内外のエグゼクティブから厚い支持を受ける『アンダーズ 東京』。37階にある「AO スパ&クラブ」は、東京の眺望を堪能しながらユニークで新しいスタイルのトリートメントが受けられることで、ビューティコンシャスに注目されている。

そのスパを取り仕切るのは、数々のホテルスパでの経歴を持つ、伊藤なつきさん。「好き」を仕事にステップアップしてきたストーリーをうかがった。

アジア旅行で知ったスパの魅力

伊藤さんのホテルスパとの出合いは、東南アジアへの旅行中のこと。まだラグジュアリーなスパが日本にはそう多くない時代だったので、深い感動を覚えたという。

少女のころからもともと香りに興味があった。香水を集めていたこともあり、調香師を目指そうと調べたら、化学の勉強が必要とわかり、「理系が苦手なわたしには無理」とあきらめたのだとか。でも、「好き」の気持ちがおさまることはなかった。

「そうだ。アロマオイルも好きだから、アロマの勉強をしよう」

スクールに通ってアロマトレーナーの資格を取り、最初のセラピストとしてのキャリアを『ロイヤルパークホテル ザ 汐留』の「マンダラ・スパ」でスタートさせる。ただ、いきなりすべてがうまくいったわけではない。なかなか指名がとれず、伊藤さんいわく"売れないセラピスト"だったそう。

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「失敗は、いろいろありました。オイルやホットストーンの扱いなど、いま振り返れば、当時はスキルが十分とは言えなかったと思います」

お客様に満足いただけるよう、ペアのトリートメントのときなどは、先輩のやり方を横目でしっかり盗む。その努力もあり、指名が入るようになる。そうして喜びを感じていたにもかかわらず、転職という決断をしたわけは?

「ずっとセラピストでやっていくつもりはなかったんです。わたしは手の平の厚みもない、いわゆる"ゴッドハンド"ではないという自覚がありました。そんな折に手首を痛めてしまったこともあり、続けられないなあと」

キャリアプランが見えない。それでも好きなことに関わり続ける道を模索した伊藤さん。それは、外資系ホテルでの経験に踏み出す新たなチャレンジだった。

「縁」を大切に新たな現場へ飛び込む

『フォーシーズンズホテル椿山荘東京』のレセプショニストを経験後、『ザ・リッツ・カールトン』が東京にもオープンすると聞き、新天地へチャレンジ。ハイエンドのサービスを学ぶ絶好の機会となる。

憧れのホテルだったこともあり、5年間勤務するも、何かを変えたいとチャレンジの気持ちがふつふつとわきあがってきた。ここからが不思議なご縁。かつての上司だった女性が『パレスホテル東京』のスパの部門長に着任すると知り、一緒に働きたい思いが募り、門を叩く。

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「それまで、上司は全部できて当たり前の存在、と思っていたんです。でも、憧れのその上司は『私はこれが苦手なんだけど、あなたは上手だからやって』とあっさり。できないことを『できない』と言えることに驚きました。仕事って、じつはすごくシンプルなんですよね。なので、いまも悩んだときは『あの人ならどうするかな』と、彼女のことを思い浮かべます」

現在でもことあるごとに顔を合わせ、スパマネージャーとしての悩みなど相談に乗ってもらっているそう。まさに、メンターに巡り合えたのも、自分から新天地を恐れず飛び込む行動力があってのことだろう。

その後も、外資系ホテルでマネージメントのキャリアを経て、『アンダーズ 東京』のスパ マネージャーに着任。

そのすべてが、偶然のような必然の出会いというのも興味深い。

「ほかのホテルとはまったく違う独自のスタイルを持つアンダーズ 東京のスパは、開業前からスパ業界でも注目されていました。そのころは自分がそこでマネージャーとして働くなんて、まったく想像していませんでしたね」

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伊藤さんが現在勤める『アンダーズ 東京』AO スパ&クラブの開放的なレセプション

部下には自分で答えを見つけてもらう

マネージャーとして、女性ばかり26人のスタッフを束ねるには、さまざまな苦労があるはず。伊藤さんが心がけているのは、一度はすべて話を聞くこと。

「スタッフの話は、一度すべて聞くようにしています。それから、おのおのが自分で答えを見つけられるように導きます。自分で釣って魚をあげるのではなく、魚の釣り方を教えるといった感じです。

トラブル時は回答を教えてあげたほうが早くて楽かもしれません。でもぐっとこらえて、自分から進んでやってくれるよう導く。そうすると、本人は自分で解を導き出せたと自信になり、徐々にできるようになりますから」

まるで子育てをする母のようだと思ったら、

「スタッフが、ずっとわたしのもとにいるとは思っていません。ほかのホテルスパへ移ったときに、経歴を見られ、『なんだ、こんなものか』と思われて恥をかかないように、しっかり自立できるように、と思っています」

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オフタイムは、仕事の電話には出ない、メールも返信しないと決めている。緊急時以外は、仕事から完全に離れるようにしている。チームを信用しているから。その結果、部下たちが自発的に解決方法を見つけられるようになった。

スパの責任者として多忙で充実した毎日だが、さらにやってみたいことがあるのだとか。

「将来、スパのオープニングに一から携わってみたいですね。これまでのオープニングは、ナンバー2のポジションだったので。上司に守られている立場ではなく、責任者としてやり遂げてみたいんです。失敗、成功、両方の側面をたくさん見てきたからこその怖さもありますが、トライしてみたいんです。自分を追い込みたいのかな(笑)」

セラピストのころは、お客様から「ありがとう」と言ってもらえるのがうれしく、励みになったという伊藤さん。現在は、部下であるスタッフたちが「お客様にありがとうって言ってもらいました」と笑顔で報告に来るのがうれしい瞬間だという。

ステージが上がっていくことで、喜びの種類も変わり、責任やプレッシャーも大きくなるはず。同じような立場にいるカフェグローブ世代にメッセージをいただいた。

「大人の女性ほど、頭で考えすぎるところがあるのでは、と思います。完璧にメイクをしなきゃいけない、つらいときも平気な顔をしなくちゃいけない......とかいろいろ。そんなとき、ぜひスパへゆっくりしに来てください。って、宣伝になっていますが(笑)。90分しかない、ではなく、90分もある。そのなかで何ができるかお客さまと一緒に考えたいんです。

ホテルスパは敷居が高いと思われがちですが、そんなことはありません。リラックスできる空間で、オフィスや家庭で吐き出せないことも、ここでぜひ話してくつろいでいただきたいです」

責任のある立場になればなるほど、相談や愚痴を言える相手は少なくなる。そんなとき、トリートメントを受けて体がほぐれると、自然と話しやすくなる。伊藤さんの頼もしい笑顔が、何よりの証拠。

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アンダーズ 東京 AO スパ&クラブ マネージャー 伊藤なつきさん

都内の数々のホテルスパでセラピスト、レセプショニストとして経験を重ねる。その後、名だたるホテルの開業メンバーとしてオペレーション構築やトレーニング等に従事。直近では『コンラッド東京』の「水月スパ&フィットネス」にてゲストリレーションズマネージャーを務め、レセプション・フィットネス部門の責任者およびメンバーシップ対応のスペシャリストとして活躍。 2016年7月に『アンダーズ 東京』の「AOスパ&クラブ」のマネージャーとして入社し、現在に至る。

撮影/土佐麻理子