欧州はロンドンからバルセロナ、北米はニューヨークからロサンゼルスまでの国際都市で食通が今、注目しているのが新しいメキシコ料理、モダン・メキシカン。タコスやトルティージャといった典型的なメキシコ料理のイメージを越えて、地産のフルーツや魚の幸、野菜、ハーブ、穀物、エディブルフラワーなどを使った、多彩で繊細なメニューを提供する高級メキシコ料理店が、世界各地の大都市に登場しています。

地産食材でクリエイティブに

メキシコ内外で広がる「モダン・メキシカン」の流れは、メキシコ料理特有のカカオやアガベ、サボテンといった食材や、必須素材のトウモロコシやチリ、スペイン人による征服以前からあるトマトやカボチャの原産種などに光を当てています。米サンフランシスコにある「カラ」や「カリフォルニオス」といったモダン・メキシカン・レストランでは、そうしたメキシコ料理のエッセンスと斬新なアイデア、地元産の食材をデリケートに組み合わせています。

たとえばニューヨーク・マンハッタンの店「アトラ」のトスターダは、スモークサーモンとクリームチーズを挟んだ地元ロウアー・イースト・サイドの伝統的なベーグルを意識し、揚げたトルティージャの上に、ホッキョクイワナと農家が作ったチーズ、ケーパーをトッピングしています。

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米ニューヨークにあるエンリケ・オルベラ氏のメキシカン・レストラン「アトラ」のメニュー。左から、ステーキ・タルタル・チレ・レジェノ(唐辛子のタルタルステーキ詰め)、ホッキョクイワナのトスターダ乗せ、ワカモレとヤギのチーズモレ添え、緑のセビーチェ。2017年5月2日撮影(Cole Wilson/The New York Times)

一方、世界的に有名なデンマーク・コペンハーゲンの高級レストラン「ノーマ」は、メキシコのトゥルムに「ノーマ・トゥルム」を5月末までのポップアップレストランを出店しました。ノーマ創設者で料理長のレネ・レゼピ氏自ら陣頭指揮を執っています。発酵させたトウモロコシの皮でくるんで蒸したタコの一皿や、メキシコ原産の甘くスパイシーなドライドチリにチョコレートのシャーベットを詰めたデザートなど、まさにメキシコ料理の奥行きの深さをノーマ流に表現しています。

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デンマーク・コペンハーゲンのレストラン「ノーマ」がメキシコ・トゥルムに出店した「ノーマ・トゥルム」に立つノーマの創設者・料理長、レネ・レゼピ氏 (Adriana Zehbrauskas/The New York Times)
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「ノーマ・トゥルム」のメニュー、黒いチリペーストで揚げたソフトシェルクラブタコス (Adriana Zehbrauskas/The New York Times)

フレッシュでヘルシーなイメージに

「安くてさえなくてヘビー」という以前のメキシコ料理のイメージを、「巧みで新鮮で魅力的」なものに変えたのは、「多くのメキシコ人が旅行できるようになったことやインターネットの普及、若い世代が食べ物の新鮮さやヘルシーさを意識し始めたから」と話すガブリエラ・カマラさんは、メキシコシティで有名店数軒を経営し、さらにサンフランシスコでメキシコ料理店「カラ」のオーナーシェフを務めています。

1998年、23歳のときにレストランをオープンした頃は、メキシコシティで評判のレストランといえばフレンチかイタリアンばかりで、どこも地元の素晴らしい素材には着目せず、欧州産の冷凍素材や乾燥素材を使っていたといいます。

また、ニューヨークのメキシコ料理店「アトラ」のシェフ、ダニエラ・ソトイネスさんも「昔はメキシコ人シェフ自身がメキシコ料理を誇りに思わず、習いに行こうともしなかった」と話します。

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米ニューヨーク・イーストサイドのメキシコ料理店「アトラ」のシェフ、ダニエラ・ソトイネスさん。2017年5月2日撮影(Cole Wilson/The New York Times)

そうした欧州指向で堅苦しかったメキシコ料理界に新風をもたらしたのは、ソトイネスさんの恩師、エンリケ・オルベラ氏です。オルベラ氏はメキシコシティで2000年にレストラン「プジョル」をオープン。さらにニューヨークに「コスメ」と「アトラ」を出店し、地元志向でクリエイティブなメキシコ料理を打ち出しました。

オルベラ氏の影響が外国で最も大きいのは米国で、若いシェフたち、特にメキシコ系米国人のシェフたちが彼のキッチンで学び、彼のスタイルからヒントを得ています。

その一人、カリフォルニア州コスタメサのレストラン「タコ・マリア」のシェフ、カルロス・サルガド氏は、採れたての新鮮な魚介類を船上やビーチで食べる際に伝統的なスパイシーなマリネ「アグアチレ」をヒントに、ハラペーノとライム、オレンジジュースのスープに、北海道産ホタテ貝、キュウリ、アボガドが浮かぶ新たなアグアチレを考案しました。

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米カリフォルニア州コスタメサにあるメキシコ料理店「タコ・マリア」のメニュー、アグアチレ。ハラペーノとライム、オレンジジュースのスープに、北海道産ホタテ貝、キュウリ、アボガドが浮かぶ (Lisa Corson/The New York Times)

またサンフランシスコのシェフ、バル・カントゥ氏のレストラン「カリフォルニオス」では、メキシコの素材をベースに手間をかけた小皿料理の数々を提供しています。たとえばマメ3種を別々にムース、ピューレ、ブロスと3通りに調理して重ね合わせ、キャビアと金箔を乗せた一皿はまさにメキシコ料理に捧げられたオマージュです。

「食事の途中で立って帰ってしまった人がいたこともあります。これはメキシコ料理じゃないってね」とカントゥ氏は言います。「でも、現代美術家のブルース・ナウマンはこう言いました。『私がアーティストで、スタジオにいるならば、そこで制作するものはアートだ』。それにならって僕もこう考えてみたのです。『僕がメキシコ人で料理をしているならば、それはメキシコ料理だ』と」。

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米サンフランシスコのメキシコ料理店「カリフォルニオス」のキッチンに立つシェフのバル・カントゥ氏。2017年5月3日撮影(Jason Henry/The New York Times)
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「カリフォルニオス」のメニューより、3層のフリホレス・キャビア乗せ(左)。メーン州産ロブスター、黄チルワクレのソース、フェンネル、ディル、スミレの花びらクリスピータコス(右) (Jason Henry/The New York Times)

メキシコ国内でも再定義の動きが

一方、メキシコ人シェフでもメキシコ料理について学ぶべきことはたくさんある、と言うのはロベルト・ソリス氏。ユカタン半島最大の都市メリダにあるユカタン料理専門店 「ネクター」のオーナーシェフです。

メキシコの南北は、ヨーロッパでいえばアイルランドからギリシャまでと同じくらいの距離があるため、一口に「これがメキシコ料理」 と言うのは難しいと言います。例えば、古代マヤ文明から伝わる豚肉の蒸し料理「コチニータ・ピビル」を本場で味見したいと訪れるシェフたちに「メキシコシティで食べた方がおいしかった」と言われたこともあると笑います。

そんなソリス氏は、「ノーマ」 のような外国のレストランがメキシコに出店することも含めて、「メキシコ料理を世界に広める助けになるものはすべて、メキシコ料理に関わる全員のためになる」と話しました。

© 2017 The New York Times News Service

[原文:Modern Mexican' Steps Into the Spotlight/執筆:Julia Moskin]

(抄訳:Tomoko.A)