かのスティーブ・ジョブズは「私は退屈を信じている......(テクノロジーは)どれもすばらしいが、することがないのも、またすばらしい」と述べたとか。

私たちの日常には、そこにあたりまえのごとくスマホがあります。コーヒーを買うとき、電車に乗るとき、調べものをするとき......。クリエイティブで便利な毎日を提供してくれる、欠かせないツールであり、ないと退屈な時間が大いに生まれそうです。しかし、退屈こそが幸福で、創造的な生活のための重要なツールだという考えもあるようです。

マヌージュ・ゾモロディ著『退屈すれば脳はひらめく』より、退屈こそがひらめきを生むという考え方をご紹介します。

移動中はスマホをしまう

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ふだんの通勤時や、毎日通る道を歩いているとき、スマホを見ないことで生まれた時間を活かして、今まで気づかずにいたことを5つ見つけてみましょう。たとえば、建物の屋根の装飾や魔除けの像(わが家のすぐ近くにあったのに、ぐずる息子と歩きまわるようになるまで一度も気づかなかった)でもいいし、空を見上げて雲のすきまから太陽の光が差すようすでもいい。それほど詩的なものじゃなく、最近買ったドレスに似合いそうなショーウィンドウのすてきな靴や、あなたにほほ笑みかけてくるだれかのことでもかまいません。

109ページより引用

国際報道に携わり忙しく世界中を飛び回っていた著者は、一人目の子供の出産にともない、今まで味わったことのない孤独と疲労に襲われます。ところが、ベビーカーを押して歩き回るようになってから数週間後、それまで気にも留めなかった風景が目に入るようになってきたそうです。それ以降は、育児に追われながら仕事の日々を過ごすようになり、やがて気がつきます。これまでに一番いいアイディアが浮かんだのは、携帯も使わずにひとりで何時間もベビーカーを押していたあの時期であったと。

目に入るものをじっくりと観察し、それまでの仕事のスキルについて振り返った時間。身に着けたキャリアの活かし方などに思いを巡らせていると、何ともいえないほどにすばらしい思いがわきあがってきたのだとか。

刺激不足(つまり退屈)と創造力や意欲の高まりのあいだに何らかの関係性があるようです。自分のアイデアの枯渇は、スマホによってもたらされた「退屈しない時間」のせいによるものだと。

何もしていないときに心がふらふらさまよう現象を「マインドワンダリング」と呼びますが、こうした状態の脳がアイデアを生みやすいのだとか。

せめて移動中はスマホをしまっておきましょう。ぼーっと退屈しているときにこそ、ひらめきはあるようです。

写真を撮らずに一日過ごしてみる

そもそも写真を撮るいちばんの目的は、ある瞬間をいつまでも記憶に留めることです。赤ちゃんの誕生、同窓会、自然のままの湖などなど。"退屈すれば脳はひらめく"プロジェクトの調査では、多くの大人が写真は「記憶を補う」ために使ってると回答しました。(中略)

でも、写真を気軽に撮っていると、そのたびにじつは記憶力が悪くなっているとしたら......。(中略)

つまり、カメラがある瞬間を記憶すると、脳はそれをしなくなる。ヘンケルはこの現象を「写真撮影による記憶の損傷効果」と呼んでいます。

124~125ページより引用

アメリカ人が毎月撮るデジタル写真は、100億枚以上なのだとか。そして、あらゆる写真の75%はスマホで撮影されていて。さらにフェイスブックでシェアされる写真は1秒あたり4,501枚であるともいいます。

素敵な景色、楽しい空間、おいしいもの。人は往々にして、忘れたくない、心に留めたい出来事を写真に撮ろうと願います。ソーシャルメディアにあげて、その楽しみを誰かと分かち合い、誰かに認めてもらいたい......。きわめて自然な心の動きのようですが、たしかに自身の記憶に焼き付けるという感覚は薄くなっているような気がします。

デジタル画面ではなく、自分の目を通して世界を見つめてみる。写真を撮らないことにより得たひらめきを、文章に残しておくことも一考です。

きずなを結びたい人との時間をソーシャルメディアにアップするのではなく、その相手へ心を向けてみる。人だけではなく、景色やおいしいコーヒーにもそうしてみると、今まで見えなかったものが細部まで見えてくるでしょう。

自分の感性をフルに使って、五感を研ぎ澄ますことで、新しいアイディアが生まれそうです。

例のアプリは削除してみる

本日の指令はずばり、削除せよ! 例のアプリを削除してください。ゲームだけじゃなく、ソーシャルメディアも(人によっては、フェイスブックやツイッターを削除するのは、死より残酷ですよね。でも大丈夫、死にません)。ほかにもいろいろあるでしょう――天気予報アプリ、それからウィキペディア。どれが自分の頭痛の種か知っているはず。使いすぎているあれです。逃避のために使っているあれ――しかも、たいてい大切な何か(睡眠時間とか)を犠牲にしているあれ。うしろめたさを感じる例のもの。時間をむだにし、悪習になってるアプリを削除しましょう。アンインストールあるのみ。

164~165ページより引用

デジタルデザイナーのゴールデン・クリシュナは、顧客を「ユーザー」と呼ぶのは、テクノロジー企業とドラッグの売人だけといって注目を集めたといいます。

さらに自己中断のパターンもあるといいます。誰かがワープロソフトを使っているところを観察していたら、やがて理由もなくふと作業をやめ、メールを見たり、フェイスブックをチェックしているのだとか。それだけスマホのアプリやサービスは、巧みに頻繁に利用をうながす工夫がされているということでしょう。中断が中断を生む。外的中断と同じくらい、自身で引き起こす内的中断はおきています。

「この製品は自分の役に立つ? それとも害になる?」と問いかけ、夢中になっていたとあるゲームアプリの削除に踏み切ることができたと著者はいいます。アプリを長押しすると、すべてのアイコンがぶるぶると震えだし、やがて×をタップ。一日のすきま時間を奪っていたものが一瞬にして消えたのだとか。

例のアプリがなければ、人生はもっと良くなるのかもしれない。いずれにせよ、自分の人生の主導権は、自分自身で握りたいものです。

退屈すれば脳はひらめく

著者:マヌージュ・ゾモロディ
発行:NHK出版
定価:1,600円(税別)

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