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買い物は危険な異次元の扉か:歌人 穂村弘さん

JOY=すこし贅沢なお買いもの

買い物は危険な異次元の扉か:歌人 穂村弘さん

私は物欲が強いタイプだと思う。職場とか恋愛とかで周囲の人間との関係がうまくいっていない時、買い物をしたいという気持ちが特に高まる。対人関係には時間という要素があって、常に丁寧なメンテナンスを必要とする。そのすべてを投げ捨てて一気に楽になりたい、と思ってしまうのだ。その点、モノはいい。だって、その場でお金を払って購入するだけで関係が完結するんだから。

好きなのは衝動買いだ。それさえ手に入れれば新しい自分になって何もかもうまくいく、という幻想に囚われやすい。対象はジャケットとかブーツでもいいのだが、まだパワーが弱い。どんなに良いジャケットを着てブーツを履いても、それらを身に着けている本人のダサさはそのまま残る。むしろ、浮かび上がることさえある。

私が求めているのは、すべてのマイナスを一気に覆す奇蹟的なモノなのだ。例えば、「峰不二子愛用」と書かれていたおもちゃの銃。十数年前に、お茶の水のヴィレッジヴァンガードで見つけて即買った。それからずっと車のダッシュボードに入れている。でも、峰不二子のように恰好良くなっている気配はない。というか、たぶん、これはダサいを超えて気持ち悪い行為なのだろう。頭ではちゃんと理解しているのだ。それさえ手に入れれば新しい自分になって何もかもうまくいくとか、すべてのマイナスを一気に覆すとか、そんなモノは現実世界には存在しないということは。

でも、「峰不二子愛用」の文字を見た瞬間に、「うおおおおお」という気持ちが腹の底から湧きあがって冷静なジャッジを吹き飛ばしてしまう。これだ、これさえあれば、とおもちゃの銃を手に火の玉と化してレジに向かう。そんな私の買い物は失敗に次ぐ失敗だ。

物欲の対象となるのは主に腕時計、文房具、古い本のように小宇宙を感じさせるモノたち。それから、失われた世界のよすがになるようなモノ。具体的には昭和15年に開催されるはずだった幻の東京オリンピックのポスターとか、満州を走っていた超特急あじあ号の乗車記念ステッカーとか、今はなき超音速旅客機コンコルドの機内メニューとか、つまり、あり得たはずのパラレルワールドの欠片たちである。それらを額装して部屋に飾りまくってうっとりする。現実から身を守る結界のつもりなのだ。

ちなみに、いちばん最近自分用に買ったモノは、ポスタルコのチャンネルポイントペンである。無垢の金属からの削り出し感とクリップの機構にパラレルワールドのボールペンの佇まいがある。というのは正直な気持ちだが、書きながらあまりのオタク度の高さに不安になってきた。これでは何の参考にもならないんじゃないか。そこで他の人々がどんな買い物をしているかを知るために、ハードディスクの中の短歌を検索してみた。

よく見るとちっちゃい無数のペンギンがいるスカートを買うんだ私 森川那恵

ポイントは「よく見ると」だと思う。買いたい「スカート」の具体的なイメージが伝わってくる。普通にたくさんいるんじゃなくて「よく見ると」それは「無数のペンギン」ってところに拘りがあるんだろう。また、「買うんだ私」という終わり方にも不思議な可愛さがある。

縁日でお面を買ったその日から兄がみるみる狂っていった 池田裕理

ギターとかバレエシューズとかには、それを買うことで未来の自分を買うみたいな感覚があると思うんだけど、この「お面」はその逆。危険な異次元の扉を開けてしまったのだ。「峰不二子愛用」の銃も、どっちかと云えばこっちかなあ。私はまだ宝石泥棒とかしてないけど。それにしても、いったい何の「お面」だったんだろう。

どの恋人もココアはバンホーテンを買いあたしの冬には出口がない 雪舟えま

新しい「恋人」と買い物に行くたびに、その人は「バンホーテン」を手に取る。あ、と思うけど口には出せない。偶然にしてもなんだか怖い。「恋人」たちの迷宮からずっと出られないような感覚がある。

革靴を買うと偽り二時間のロマンポルノを観た十五の夏 寺井龍哉

嘘をついてポルノを観る、という二重の罪。「革靴」ってたぶん大人への入口なんだけど、〈私〉はもう一つの入口である「ロマンポルノ」の方を選んだのだ。モノより体験って見方もできそう。

宝くじ買って一生(ひとよ)を終りたる父に手向ける最後の十枚 嶋田恵一

亡くなった「父」のために「宝くじ」を買うって発想がユニーク。最後の一枚ではなくて「十枚」なのもいい。生前の「父」はいつも「十枚」ずつ買っていたのだろう。でも、もし、当たっちゃったらどうしよう。お父さんありがとうって感じかな。

ひとりでは買わないもので満たされたビニール袋をひそかに愛でる 谷川ゆうす

二人で寄ったコンビニの帰り道だろうか。モノの背後に人間の関係性がある。この「ビニール袋」は、二人で過ごす未来の時間そのもの。だからこそ「愛でる」のだ。

穂村 弘(ほむら ひろし)さん

歌人。1962年北海道生まれ。

文/穂村 弘 イラスト/木村 敏子

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