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母の介護にキレてしまった私を救う、小さな愛[The New York Times]

The New York Times

母の介護にキレてしまった私を救う、小さな愛[The New York Times]

ニューヨーク・タイムズの人気エッセイ、人と人とのつながりを描いた「タイズ(Ties)」より。

* * *

まだ肌寒い早春の夜8時。家の中は台風が上陸したかのようなありさまだった。創作意欲を爆発させた幼い娘の仕業だ。あらゆる家具から紙輪っかが垂れ下がり、テープ、粘土、どんぐり、玩具などがそこら中に散らばっている。もうヘトヘトだった。7週間ほど前に手術を受けて以来、松葉杖生活が続いていて、それでもなんとか部屋を片付けようともがいていた。

電話が鳴った。1時間弱の間にこれで6回目だ。誰からかは分かっている。

68歳の時に脳卒中で倒れた母。命は取り止めたものの、脳に損傷が残った。脳内出血は一瞬にして母の頭の中の風景を変えてしまった。認知症が進み、かつて立派な建物が立っていた場所に、歪んだビックリハウスが建てられた。母はもう10年もそこに囚われていて、いつも辛い思いをしている。

疑心暗鬼になっていて、施設から追い出された(事実ではない)、娘たちは何か月も会いにきてくれない(数日前に訪ねたばかり)、友達のジミーに見捨てられた(毎週電話をくれるし訪問もしてくれる)等々、ありもしないことで愚痴を聞かされる。電話が掛かってくるたびに、私は心の中で「どれだけいい人でいられるか」というゲームをする。今夜は5回クリアしたこのゲームだが、次は勝てる気がしない。

今日すでに数えきれないほど話したこと、昨日も話したこと、それをまた繰り返そうとしていることに母は気づかない。私が手術したことも覚えてない、孫の名前も思い出せない。過去のことはほとんど忘れてしまって、今この世界に漂っている。母は寂しいのだ。こうしたこと全部が恐ろしくて、私の中で凶暴な何かが頭をもたげる。すべてを変えてしまった出血に対する怒りを、被害者である母に対してぶつけてしまう

「お母さん!」私は叫んでいた。

「施設の人は出て行けなんて言ってないし、私たちも2日前に会いに行ったばかりでしょ!」

4日前だったっけ? どっちにしても母は覚えていないだろう。

「私を信じてくれないんだったら、もうお母さんとは話せない。心配することなんかないのよ!」

しばらく無言でいた後、母はこうつぶやいた。

「ちょっと声が聞きたかっただけよ」

こちらの罪悪感をかきたてる作戦だ。母にはもうそれしか武器は残されていないのだ。私が声を荒げたこともすぐに忘れて(忘れないこともある)、心配そうに続けた。

「ちょっと時間あるかしら? どうしても相談したいことがあって」

「いいえ。忙しいの。もう勘弁して!」

「なぜ叫ぶの?」

なぜって? それはあなたが私のお母さんじゃないから。できそこないの代役で、私の子育てを手伝えない。「おばあちゃん」をやってくれない。今日はどんな一日だった、って私に聞いてもくれない。もう今夜は5回も妄想につきあった。そして私が恐れているあれこれを思い出させるから。老い、病気、弱さ、不運、喪失、永遠に続くものなどないということ。その他、諸々怖くてしょうがないことすべてと直面させられる。だから叫ぶの。

私はソファーに崩れるように座り込んだ。そばに娘がいるのは分かっていた。カッとなって母を叱りつけ、負担をかけないでくれと言い放ったのを聞かれてしまった。「いい人」でいられなかっただけでなく、娘のお手本であることにも失敗してしまった。イライラと敗北感のあまり、ソファーで放心していると、娘が言った。

「エリーおばあちゃんと話していい?」

手を伸ばす5歳の娘に、無言で電話を渡す。

「おばあちゃん!」

すると、嬉しそうな母の声が漏れ聞こえてくる。

「あらまあ! 元気だった? 今日は学校に行ったの?」

なんの魔法だろう? おばあちゃん、と声をかけられただけなのに、母は普通の人のようにしっかりとした受け答えをしている。

「うん。今日は持ち物シェアの日だったの。ワンダーウーマンのブレスレットを持って行ったんだ」

電話をスピーカーフォンモードに切り替えると、うきうきとしたやり取りが部屋を満たした。

「近いうちに会いたいわ」と母は言う。

さっきまでとは全く違った心持ちで母の話を聞ける。もう疲れていないし、怒りも消えた。うろたえていた母の心を見事に鎮めてしまった幼稚園児の娘を目の当たりにして、気持ちはすっかり和らいでいた

「おばあちゃん、今度のお休みはメリーゴーランドに乗ろうよ。わたしがカエルさんに乗るから、おばあちゃんはお馬さんね」

「あら、すてきね!」私は2人の会話にすっかり引き込まれている。

「今日は学校に行ったの?」ああ、またその質問ね。

「うん。おばあちゃん。ワンダーウーマンのブレスレットを持って行ったの」

「あらそうなの? それはすてきねえ!」

「アニーのお歌を歌ってあげるね」

娘の歌声を聴きながら、窓から冷たい風がさっと吹き込むのを感じた。そして散らかった部屋の風景が、まるで使い込んだキルトのように優しく私を包むのだった。

私はいつも、娘がおばあちゃんの本当の姿を見られないのを残念に思っていた。でもいま分かった。娘は本当のおばあちゃんを知っているし、手応えのある関係を築いている。母の頭の中は、この部屋みたいに混乱しているかもしれないけれど、娘はうまく整理整頓しながら進んでいる。娘にとってはこれが普通だし、愛する人を気遣うのは当たり前のことなのだ。

電話に向かってキスをする音がしばらく続いた後、母と娘は電話を切った。お風呂の時間だよと言うと娘は駄々をこねたが、ここは言うことを聞いてもらわないと。結局のところ私は母親で、娘はまだ5歳なのだから。

でも今夜、私は大人の対応がどういうものかを娘に教わったのだった。

© 2017 The New York Times News Service[原文:This Is How You Pick Up a Phone/執筆:Leslie Kendall Dye](抄訳:Tom N.)

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