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パリで一番美味しいバゲットを作っている「彼」は……

The New York Times

他のパンとはちょっと違って、「国」を主張している長いパン。バゲットほどすぐに「フランス」を連想させる物はないだろう。伝統的なバゲットの定義について、フランスは一歩も譲らない。バゲットは何かを法律で厳しく定めて管理し、保護しているほどだ。

移民の息子であるマムード・ムセディさん(27)にとって、そのフランスの象徴を極めることは、素晴らしいパン職人になるということ以上の意味があった。エマニュエル・マクロン大統領が移民の受け入れを厳格化する中、ムセディさんが獲得した栄誉は、フランス人とは誰か? という問いへのチャレンジでもあった。

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「実験室」と呼ぶ自分のパン工房で働く「パリ最優秀バゲット賞」の受賞者、マムード・ムセディさん。2018年5月4日、パリで(Dmitry Kostyukov/The New York Times)

大統領府御用達「パンの中のパン」

ムセディさんは2018年、パリ市のバゲット・コンクールで「最優秀バゲット賞」を受賞した。このコンクールで優勝すると「パンの中のパン」として認められ、フランスの大統領府であるエリゼ宮に1年間、バゲットを納品することになる。ムセディさんが見せてくれたセルフィーは、彼が作ったパンの味に満足そうに微笑むマクロン大統領と一緒に撮ったものだった。

あなたのお父さんが30年前、チュニジアからやって来たということについて何か意味はありますか? と聞くと、ムセディさんはちょっとムッとしたように「僕はフランス人。ここが僕のふるさとです」と答えた。

明るくてユーモアたっぷりなムセディさんは、伝統的なフランスの理念に忠実な国民だ。移民を統合するのではなく同化する、つまり、フランス国民に人種や民族の区別はない。「母なるフランス」はどこの出身者でも包み込む、という態度だ。ムセディさんはこのことを胸に、フランスの聖なる砦(とりで)の一角を手にした。

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「パリ最優秀バゲット賞」の受賞者、マムード・ムセディさんのバゲット。2018年5月4日、パリで(Dmitry Kostyukov/The New York Times)

バゲット賞に移民の子どもたちが続々

実はムセディさんだけでない。最近は、移民の子どもたちが次々とこの聖なるバゲット賞を勝ち取っている。2017年の優勝者サミ・ブアトゥールさんもチュニジア移民の子。3年前のジブリル・ボディアンさんはセネガル出身で、2回優勝している。

セーヌ川左岸、モンパルナスの歩道の奥にムセディさんが「実験室」と呼ぶパン工房がある。ラジオから最新のアラブ・ポップが流れるタイル敷きの工房で、ムセディさんは練り上げた生地をパリッとしたバゲットに変身させるのに忙しい。ベーカーズ・コートの袖元には、小さなフランス国旗が付いている。

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自分のパン工房で働く「パリ最優秀バゲット賞」の受賞者、マムード・ムセディさん。2018年5月4日、パリで(Dmitry Kostyukov/The New York Times)

電話がかかってくるとアラビア語で答えるが、自分のルーツを尋ねる人には声高になる。「皆、僕にルーツを思い出させようとするけど、自分にとって区別はない。どうでもいいことだよ」。

「僕はここで育って、学んで、税金も払っている。賞を取った時に、チュニジアから祝福されたのは事実だよ。彼らは僕のことが誇りなんだ。でも、パリジャンも誇ってくれている」。店を訪れる客たちは絶えず、ムセディさんにハグやキスをして祝ってくれると言う。

大事なのは出自ではなく、若さと勤勉さだと、ムセディさんは熱く語る。「ここにたどり着くために一生懸命、働いた。僕は自分のことをアーティストやマジシャンと同じだと思ってる。材料があって、そこから違うものを生み出し、みんなを幸せにするんだ」。そのみんなとは、本当に大勢の人々だ。

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「パリ最優秀バゲット賞」の授賞式で、優勝したマムード・ムセディさんと友人たち。2018年5月5日、パリのノートルダムで(Dmitry Kostyukov/The New York Times)

5月にノートルダム寺院の前で行われた最優秀バゲット賞の授賞式。パリのパン職人組合の会長、フランク・トーマス氏は、首都圏の「1200万人が毎日、ブーランジェリーにバゲットを買いに行っているのです」とおごそかに述べた。「外国でも、バゲットはフランスを表す大事なシンボルの一つです」

そうして次々とステージに呼ばれた入賞者たちの名前は、半分近くがフランス語の名前ではなかった。移民がとても多いのだ。移民やその子どもたちは、元からのフランス人がやりたがらないきつい仕事にも就き、勤勉に働く。

自分の「実験室」で真夜中まで生地を練るムセディさんも、子どものころからそういう環境で育った。彼が「僕のアイドル」と呼ぶ父親は、毎朝4時に起きてパンを作っていた。フランスでは毎年約1200軒のパン屋が店をたたむ。それほど、ブーランジェリーの仕事はきついのだ。

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「パリ最優秀バゲット賞」の受賞者、マムード・ムセディさんのパン工房を訪れた客。2018年5月4日、パリで(Dmitry Kostyukov/The New York Times)

パリのコスモポリタン性

移民の子どもたちが続々とバゲット賞で優勝しているのは、「イル・ド・フランス(パリ首都圏)のコスモポリタン性を、そのまま反映しているのです」と審査員の1人は言う。

エリゼ宮のチーフシェフで自らもスペイン移民の子どもとして育ったギヨーム・ゴメスさんも、家族の出身国とバゲット作りには何の関係もないと言う。ただし「成功しているパン職人は、とにかく働き者です。これは本当の意味で、社会の出世階段なのです」と言う。エリゼ宮には毎日、いくつかの工房からパンが届く。ゴメスさんから見ても、ムセディさんのパンは他の工房に引けをとらない。

ムセディさんいわく、彼の実験室にはエネルギーと「情熱」があふれている。生地の発酵には正確な時間、温度の錬金術が必要で、材料も保存が肝心だ。

ムセディさんは、ラスパイユ通りの店の真上にあるアパルトマンに住み込み、昼も夜も24時間、パンを気遣っている。「生地はとってもデリケートに扱っているし、焼くまでは最大限の注意で保存している。生地は最初から最後まで、守ってあげないといけないんです」

© 2018 The New York Times News Service[原文:Sons of Immigrants Prop Up a Symbol of ‘Frenchness’: The Baguette/執筆:Adam Nossiter](抄訳:Tomoko.A)

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