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なぜケンドリック・ラマーはピュリッツァー賞を受賞したのか?

The New York Times

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ケンドリック・ラマー。2017年7月12日、アリゾナ州フェニックスで。(Caitlin O'Hara/The New York Times)

2018年のピューリッツァー賞は、いつもなら後から反応が起きる部門賞で多くの人々を驚かせた。音楽部門で受賞したのがケンドリック・ラマーのアルバム「DAMN.」だったからだ。

とにかく世界が驚いた!

ピューリッツァー賞の音楽部門でヒップホップのアルバムが受賞したのが初めてなら、高尚なクラシック、そしてジャズ以外の作品、しかもポップアルバムチャートの1位に輝いているアルバムが受賞したのも初めてのことだった。「DAMN.」は音楽部門の審査員らに匿名で選出されたと報じられているが、別の方面からは不満や批判の声も上がっている。

果たしてケンドリック・ラマーのピューリッツァー賞は快挙だったのか、異例だったのか。ニューヨーク・タイムズのクラシックミュージック部門の編集者ザカリー・ウルフと、ポップミュージックの評論家ジョン・パレレスが徹底討論した。

ようこそヒップホップ

パレレス:今回の受賞は思った以上に遅かった。ピューリッツァー賞受賞作をざっと見てみると、圧倒的に多いのは、ジャーナリスティックな価値があるものだ。事実が収集されている、描写が細部まで生き生きとしている、ストーリーテリングに長け、時事性、巧みなレトリックがある、そしてよくあるのが、発表後、世の中に対する影響が大きかったものなど。得難い説得力を持つ作品に対する賞。ようこそヒップホップという気持ちだ

ウルフ:才能ある若手の作曲家兼ピアニストがフェイスブックにこんな投稿をしていた。「(ラマーの受賞は)複雑な気持ちだが、ようやくか、という気持ちもある」。まさに。今回の受賞は受け入れられているように思うし、私も文句なしだ。「DAMN.」の質の高さについてはね。複雑で、鋭い感受性、人を引きつける大胆さと統一感があり、私的で政治的、宗教的で性的な要素が濃密に混ざり合っている。

ボブ・ディランのノーベル文学賞もそうだった

ウルフ:でも慎重に捉える見方もあり、その点にも同意する。この賞が間口を広げた点についてだ。ヒップホップに対してではなく、商業的にすでに大ヒットしている音楽に対して。ピューリッツァー賞は、今や正式に何かにお墨付きを与える数少ない場ではあるのだから、多くのジャンルには開かれるべきだ。つまり、非商業的な作品、助成金や奨学金、そして賞をもらってなんとか出るような作品に。

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レコーディング中のケンドリック・ラマー。2015年3月12日。カリフォルニア州サンタモニカで。(John Francis Peters/The New York Times)

パレレス:あのときの反応は、ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したときの出版界の多くの反応に近かったな。もっと知名度が低く、できればハードカバーで賞を取るべき作品を世に知らしめる機会が失われてしまったという。ある世代全体の言葉や考えに対する見方を変えてしまったような文学者はノーベル文学賞を固辞すべきだ、ディランはすでにあまりにも有名じゃないかとか。賞を与えるべき作品には売上の上限を設けるべきなのだろうかとか。でも(一連のセクシュアルハラスメント報道で今年のピューリッツァー賞を受賞した)ニューヨーク・タイムズとニューヨーカーはすでに購読者がたくさんいる。

そもそもピュリッツァー賞の使命って何?

ウルフ:ノーベル文学賞はマイナーな作家にあげるべきだという考えが一般的とは思わないな。ディランの受賞を疑問視した人の多くはフィリップ・ロスだったら満足しただろうが、彼もベストセラー作家だ。でも、感覚としては長年、もっと幅広いカルチャーからは無視されてしまうような音楽に光を当てることこそが、ピューリッツァー賞の使命の重要な要素だというところがある。ピューリッツァー賞はある役割を果たしてきた。非常に限られたものではあるけれど、芸術制作というものは、ビルボード(や現在ではスポティファイ)のヒットチャートとは関係ないところに存在するのだと人に気づかせる役割だ。

「DAMN.」は確かに賞にはふさわしい。でも、この作品の受賞は世界、つまり、ストリーミングサービスが表す、私たちを取り囲む音楽カルチャーのある兆候を示しているようだ。このサービスによって、超ビッグなアーティストやアルバムが得るパイはますます大きく、それ以外の人が手に入れるパイは小さくなる。この仕組みは、音楽、つまりクラシックもジャズもヒップホップもすべて侵食していく。もちろん、人気アーティストで非常に重要な存在も大勢いるのも事実。ラマーはその一人だ。だけど、こうした面がすべていいとも思えない。

どっちかっていうと、アカデミック志向

パレレス:勝者独り占め文化の不健全さについては、全くの同意見。「トレンド」という言葉を聞くと、本能的に後ずさりしてしまう。私たち批評家は、ヒットチャートとは関係ない世界に人を案内したいからね。だけど、「DAMN.」の選出は、単に人気にひれ伏したわけじゃない。このアルバムは複雑で多彩で繊細。アイデアにあふれた重層的な作品で、聞いてたちまち引きつけられる分かりやすさはない。これまでのピューリッツァー賞受賞作品と同じく、その良さを最大限に理解するにはじっくり聞き込んで熟考する必要がある。

一方で、ピューリッツァー賞の音楽部門は長いこと、閉鎖的でアカデミックな狭い世界の音楽シーンばかり主に追い求めてはいなかっただろうか。デューク・エリントンを特別表彰することを拒み、エリントンが生前に受賞することはなかった。ジャズは無視され、ウィントン・マルサリスがようやく受賞したのは1997年。評価が信じられないほど遅く、私には非常に排他的に見えるけど、ミニマリズムの評価に関しても、スティーヴ・ライヒが受賞したのは2009年になってから。1977年の「18人の音楽家のための音楽」ではなかった。

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ジャズミュージシャンで初めてピュリツァー賞を受賞したウィントン・マルサリス。2016年12月29日。ニューヨークで。(Cole Wilson/The New York Times)

フィリップ・グラスもまだ受賞してない

(ラマーの受賞に対する)不満の一部は、排他性が侵されたことへの不満のように思える。私に言わせれば、もっと前に受賞すべきだった。私なら、過去のピューリッツァー賞にはパブリック・エナミーの1988年のアルバム「It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back」を推薦する。実験的な音の爆弾にほとばしる言葉、一種の幻覚剤のような作品だ。この点で言えば、ケンドリック・ラマーだって受賞は遅かった。2015年の「To Pimp a Butterfly」は「DAMN.」よりさらに音楽的に幅があった(「DAMN.」だって大変なものだが)。

ウルフ:逃した好機はたくさんあった。生前のエリントンに特別賞が与えられず——音楽部門の審査員団の推薦を運営委員会が却下した——その翌年には、ジョン・コルトレーンの「A Love Supreme」が通常の音楽部門で受賞してもおかしくなかった。ジョニ・ミッチェルの「Blue」はどう? これも1972年に受賞してもよかった。ピューリッツァー賞が女性の作曲家を評価するようになったのは10年もしてからだ。フィリップ・グラスはアカデミックな世界でそれほど愛されているわけではなく、いまだに受賞していない。あとはそう、カニエ・ウェストだ。

で、「DAMN.」受賞の理由は?

パレレス:ピューリッツァー賞側の発表によれば、「DAMN.」が受賞対象となったのは、審査員団がヒップホップの影響力を持つ作品を調べ、その源をたどっていくことにしたのがきっかけだった。その源、つまり今回の作品では、さまざまなアイデアがよりパワフルに、生々しく、知的に表現されている。

表彰の言葉では、「DAMN.」は「偽りのない生きた言葉遣い、リズミカルなダイナミズム」と賞賛されているが、これはほんの少し上から目線に聞こえるな。でもとにかく受賞を喜ぼう。

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演奏するウィントン・マルサリス。2016年9月26日。ニューヨークで。(Deidre Schoo/The New York Times)

非商業的なアウトリーチに関して言えば、ラマーは革新的な一流ジャズミュージシャンともよくコラボレーションしている。例えばカマシ・ワシントンもそうだが、彼らはラマーとの共演を喜んでいるだけではなく、アルバムのクレジットに名前が載ることで自分のオーディエンスも増えるという恩恵も受けている。

「DAMN.」の受賞でもう1つ驚いたのが、前回と前々回の受賞作とは制作方法が違うこと。ミュージシャンたちが同時に生で演奏し、作曲者が1人というのではなく、「DAMN.」の場合はプロデューサー、作曲者、演奏者が複数いて(リアーナ、そしてU2もクレジットなしで参加している)スタジオで何トラックも重ねて作られている。ラマーは作家であって全てを統括しているけれども単独のクリエーターではない。こういうやり方もリスペクトされるべき音楽作りというわけだ。

チームで表彰されるとよかったのにね

ウルフ:実際には、今年のピューリッツァー賞は単独の作曲者という、昔からのロマンチックな幻想を強めていたけどね。賞が与えられたのはラマー1人だけだった。グラミー賞みたいにアルバムの作曲・プロデュースチームにも与えるんじゃなく。

パレレス:もしかしたら「ケンドリック・ラマーと制作チーム」に表彰の言葉を変えるべきだったかも。ともかく、個人的には、ディランのノーベル文学賞受賞も、ラマーのピューリッツァー賞受賞も——ヒップホップというジャンル自体ではリン・マニュエル・ミランダのミュージカル作品「ハミルトン」がすでに受賞している——伝統的な授賞団体が優れたものに対する考えに設けていた限界を、見直し始めた表れのように思える。

© 2018 The New York Times News Service[原文:Kendrick Lamar Shakes Up the Pulitzer Game: Let’s Discuss/執筆:Jon Pareles and Zachary Woolfe](抄訳:Misako N)

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