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坂本龍一さん「お店の選曲にがまんできず、プレイリストをつくりました」

The New York Times

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坂本龍一さん。プレイリストを作った日本食レストラン「嘉日」にて。(Nathan Bajar/The New York Times)

2017年の秋、マンハッタンのウエストヴィレッジに住む世界的なミュージシャンで作曲家の坂本龍一さんについて、友人からこんな話を聞いた。坂本さんはマレーヒルにある日本食レストランがお気に入りで足繁く通っていたのだが、店の音楽がひどすぎるということで、ついにシェフに進言した、というのだ。

もっと落ち着いて食事をしたいから

問題だったのは、音量うんぬんよりもセレクションがあまりに考慮されていないかった点だという。坂本さんは、そのレストランでもっと落ち着いて食事ができるならと、ギャラなしで音楽を選ぶと申し出た。シェフは同意し、坂本さんはプレイリストの制作に取りかかった。自分の曲はひとつも含まれていない。坂本さんには宣伝するつもりはなく、このことはほとんど知られていなかった。

もし本当だとしたら、これがいかに過激な話であるかと実感するのに数週間かかった。ひどくなるばかりのレストランのBGMはわたしも問題だと思っている。ストリーミングサービスが登場してよくなるかと思いきや、悪化する一方だ。

ヴィーガンの日本食レストラン

2月、わたしは下の息子を連れて、レキシントン通りに近い39丁目にある坂本のお気に入りのレストランへ行ってみた。そこは1階と2階が別々のレストランで、2階にあるのが、禅の精神にのっとりヴィーガンの精進料理を出す「Kajitsu(嘉日)」がある。1階は「Kokage(こかげ)」で、こちらは肉や魚も取り入れた精進料理でカジュアルなレストランだ(1階の通りに面したカウンターには、日本のお茶屋さんの「Ippodo(一保堂)」がある)。

わたしたちは座ってすぐにBGMに耳を傾けた。音楽は、サービングテーブルの後ろに隠れている、床から30センチほど高さの台に置かれたスピーカー1台という、目立たない音源から流れていた(わたしたちは1階のKokageにいたが、2階も同じBGMだそうだ)。ウェイトレスにそれは坂本さんのプレイリストかと尋ねたら、そうだという答えが返ってきた。

世界のサカモトは「音楽の使われ方」も気になっている

66歳の坂本さんは、作る音楽だけではなく聴くほうの才能も並外れている。どのように音楽が使われシェアされるかにも理解がある。国際的音楽シーンの英雄で、テック音楽の先駆者で、スーパーコラボレーター。テクノポップのトリオ、イエロー・マジック・オーケストラのメンバーだった70年代後半から、彼はダンス、コンサート、映画、ビデオゲーム、携帯着信音楽、環境保護活動や政治的抵抗活動など、さまざまなシーンで作曲やプロデュースを手がけてきた(最近公開されたスティーブン・ノムラ・シブル監督の、坂本さんについてのドキュメンタリー『Coda』でこのあたりは詳しく語られている)。

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Nathan Bajar/The New York Times

ところで、どんな選曲が?

Kokageで聴いたBGMの中には、坂本さんが興味を持って当然だと思えるものもあった。いろいろなタイプのゆったりしたピアノソロ。映画のサントラのテーマ曲のようなメロディ。即興曲も少々。歌詞のある曲は英語ではないものが多かった。ウェイン・ショーターのアルバム『Native Dancer』からミルトン・ナシメントとの曲があったのはわかった。確信はなかったが、たぶんメアリー・ルー・ウィリアムズのピアノ曲も。BGMはブランドを確立するためのものではないし、お金を払いたいタイプの音楽でもない。このプレイリストは、レストランの大ファンである常連客の深い知識と感受性と個性を表していた。わたしも聞きながら誰のどの曲かと思いを巡らせ、感性が刺激されて、無上の喜びを感じた。

がまんできずに立ち去ることも……

坂本さんは、ニューヨークの音楽プロデューサー、マネージャー、キュレーターであるタカハシ リュウさんの助けを借りてプレイリストを作ったそうだ。明るいある春の午後、嘉日で私と息子は、坂本さん、タカハシさん、そして坂本さんの妻でマネージャーでもある空里香(そら のりか)さんの3人に会った。煎り番茶のタバコと土のような香りがレストランを満たしていた。坂本さんはスニーカーまで黒一色だった。

わたしは友人から聞いた話がほんとうかどうか訪ねた。坂本さんは事実だと言った。話がひろがってもかわまないか聞いたところ、「いいですよ。隠す必要はないですから」と答えが返ってきた

彼には公の場での音楽に文句をつける習慣はない。それはあまりに頻繁に起こっているからだ。「がまんできないときは、その場を去るだけです。でも、このレストランはすごく気に入っていますし、シェフのオドさんも尊敬してますから」(オド ヒロキさんは嘉日の3人目のシェフで、3月まで5年間働いていた。オドさんによると、日本のマネジメントがBGMを決めていたそうだ)。

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Nathan Bajar/The New York Times

トランプタワーのようなBGMだった

坂本さんは「ここのBGMはあまりにひどいと思いました。ほんとうにひどかった」と言う。BGMとは、バックグラウンドミュージックの意の業界用語だ(ちなみに、YMOの1981年のアルバムタイトルにも『BGM』というのがあった)。

彼は息をもらした。「あまりにひどかったんですよ」

「どんな音楽だったんですか?」

ブラジルのお粗末なポップスとアメリカの昔のフォークソングのミックス。それからジャズもありました、マイルス・デイビスとか」

ひとつひとつ聞いてみたらいい曲もあるのでは、とわたしは聞いてみた。

コンテクストによっては、そうかもしれません。でも、ブラジルポップスはひどかった。僕はブラジルの音楽を知っているし、ブラジル人とも一緒に仕事をしたことがありますからね。聞くに耐えませんでした。ある日、たまりかねて店を出ましたよ」

自宅へ戻ってから、「あなたの料理が大好きで尊敬しています。レストランも気に入っています。でもBGMはいただけない」とオド氏にメールしたそうだ。「どなたの選曲でしょうか。このひどいプレイリストは誰が決めていらっしゃるのでしょうか。わたくしに選ばせていただけませんか。桂離宮のように美しいあなたの料理なのに、BGMはトランプタワーのようです

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Nathan Bajar/The New York Times

二人であれこれ考えた

レストランのBGMを選ぶのは、自分の好きな曲を選ぶようにシンプルなのか尋ねてみた。「ちがいますね。最初は環境音楽を選ぼうと思っていたんですよ。ブライアン・イーノとかではなくて、もっと最近のものを」。坂本さんはレストランで食事しながら注意深く音楽に耳を傾けた。そして、彼と妻は音楽の雰囲気が暗すぎると感じたのだった。

空さんいわく、「ここの照明はかなり明るいですよね。壁の色や家具の風合い、空間の設定などは、夜の終わりに暗っぽい音楽を楽しむにはふさわしくありません。BGMは料理や食事の時間よりも、店の雰囲気や色使い、装飾などによると思うんです」

タカハシさんは、現在の「嘉日」プレイリストにたどり着くまでに、少なくともふたりは5本のリストをつくったという。この曲はああだこうだ、うるさすぎる、明るすぎる、「ジャズっぽすぎる」などと話し合いながら。

選ばれた音楽はうるさくなかった。音量は若い客よりも年配の客の関心事だろう。坂本さんは音の大きいBGMには反対で、携帯電話の騒音計を使って周りの音量を測ることも多いという。

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Nathan Bajar/The New York Times

ふだんは家族のために作ってるんです

坂本さんには、公共の場所のための音楽を手がけた経験がある。科学博物館や東京の広告代理店のビルだ。光と風のセンサーを使って、1日の変化に応じて音楽が変わるように設定した。しかし、他人向けに他人の曲で構成されたプレイリストを作った唯一の経験は、これまでは家族のためだけだった。

ベースを習い始めた息子のためにプレイリストを作ったこともあった。坂本さんは自分の好みでジャコ・パストリアスを含めなかった。しかし、1週間後にパストリアスのことを知った息子は、彼がプレイリストから漏れていたことで父親に文句を言った。

病気で入院していた父親のためにもリストを用意したし、母親の葬儀のためにもプレイリストを作った

お母さまの好きだった曲を集めたんですか? 坂本さんは少し間をおいて、笑って首を振った。「あれは、まあ僕のエゴだったんです」

坂本さんとタカハシさんは、季節ごとにプレイリストを変える予定である。オド氏の次の事業は、今秋にフラットアイアン地区にオープンする「Hall(ホール)」というバーと「Odo(オド)」というレストラン。もちろん坂本さんは「チーフ・プレイリスター」の仕事を続ける予定だ。

©.2018 New York Times News Service[Annoyed by Restaurant Playlists, a Master Musician Made His Own/執筆:Ben Ratliff](翻訳:ぬえよしこ)

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