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元祖ソーシャライト! ダリの妻ガラの華麗なるビジネス手腕

The New York Times

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Image via Getty Images

夫の「ダリ」にあるルールを設けた「ガラ」

1969年、シュルレアリスムの画家サルバドール・ダリは、ロシア生まれの妻・ガラに、主のいない荒れ果てた城を贈ります。スペイン・カタルーニャ州のプボル村にあったこの城を、ガラは新しい住まいとして喜んで受け取りつつ、夫婦間に「夫がこの城を訪れて良いのは、招待状を受け取ったときだけ」というルールを作ります。

ガラのルールにおとなしく従ったダリは、のちにこう書いています。

「センチメンタルな厳格さと距離感は——優雅な愛における、この神経質な儀式が証明するように——情熱はいっそうかきたてられる」。

あまり知られていない、ガラの野心

ガラが命じた奇妙な訪問の儀式は、よく知られたエピソードです。

しかし、シュルレアリスム(超現実主義)運動の代表的なアーティストたちの人生を共有し、形作ったにもかかわらず、ガラ自身の生涯や、彼女が持っていた野心や望みについてはあまり知られていませんでした

それをようやく解き明かす展覧会「ガラ・サルバドール・ダリ。プボルにあった彼女自身の部屋」が10月まで、バルセロナのカタルーニャ美術館で行われています。

この展覧会で分かることは、ガラがミューズとして、モデルとして快く脇役を演じていた一方で、アーティストとして自分自身の道を懸命に切り拓こうとしていたことです。

ガラは「いつも影にいることに心地良さを感じてはいたけれど、いつかは自分もダリのようにレジェンドになりたい」と思っていたのです。展覧会を共催するガラ・サルバドール・ダリ財団美術館のモンセ・オージェ館長はそう説明します。

ダリと出会うまえ、詩人と恋に落ち……

ダラの本名は、エレナ・イヴァノヴナ・ディアコノワ。1894年、ロシアのカザンに生まれました。義父が読み聞かせてくれたミハイル・レールモントフの詩を通して、ロシアの偉大な文学者たちに惹かれるようになります。

一家はモスクワへ移り、知識人サークルの中で快適な暮らしを送っていましたが、ガラは17歳のときに結核と思われる病にかかり、スイスで療養することになります。

そこで出会い、恋に落ちたのが、まだ物書きになる自信がなかった若きフランス人、ウジェーヌ・エミーユ・ポール・グランデル。ガラに励まされた彼は、筆名ポール・エリュアールとして詩を発表します。

のちにエリュアールは、初期の頃からシュルレアリスム運動に加わった代表的なアーティストとして知られるようになります。

ガラはロシアへ帰ると、持ち前の思い入れの強さを発揮して両親を説得。戦火に引き裂かれたヨーロッパを横断し、エリュアールの待つパリへ渡ります。さらにエリュアールの両親に、子どもを連れて彼の実家に住むことを納得させ、2人は1917年に結婚します

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スペイン、フィゲラスにあるダリ劇場美術館 (Photo by Miquel Benitez/Getty Images)

シュルレアリストたちとの熱い関係

エリュアールとの関係と並行して、ガラはさまざまな形でシュルレアリスム運動に関わりました。

彼女をモデルにした画家、マックス・エルンストとの情事。2人のフランス人作家、ルネ・クルヴェルとルネ・シャールとは親友として。アメリカ人アーティストで写真家のマン・レイのモデルも務めました。

その他、シュルレアリスム界の面々とガラは緊密な関係をもちましたが、なかでもフランス人作家アンドレ・ブルトンと、スペイン人映画監督ルイス・ブニュエルとの関係は有名です。

1929年、エリュアールとガラはスペインへ旅したときに、新進気鋭のアーティスト、サルバドール・ダリに出会います。ダリと一目で恋に落ちたガラは、エリュアールと子どもたちの元を去り、カタルーニャの町、カダケスの郊外でダリが暮らしていた釣り小屋へと駆け込みます

エージェントとしての才能

ダリとガラは1934年に結婚。その後、ダリは半世紀にわたって何百枚もガラの絵を描きました。ダリの作品中のガラは、聖母やエロスの象徴、ダークで神秘的な女性など、いくつもの顔を見せます。

ダリはまた2人の絆の強さを示すように、作品に「ガラ・サルバドール・ダリ」とサインを入れるようになりました。しかし、実際にガラが絵筆を持ったり、ダリに制作のアドバイスを与えたりした証拠はありません。

タロットカードを読むのが好きだったガラは、物事を見通す目も鋭く、自分が信用できない人物をダリから遠ざける一方で、画商たちを引き付ける術も知っていました

著作家のアナイス・ニンは1939年の日記で、アメリカ人のパトロン、カレス・クロスビーの家に一緒に滞在した際、ガラが居合わせた人々にそれぞれに合う方法で、夫の支援を頼んでいたと記しています。広報係としてのガラの才能は注目されていました。イタリア人画家のジョルジョ・デ・キリコがガラに、自分のエージェントになってくれないかと頼んだというエピソードもあります。

男性社会で孤軍奮闘、女性の味方も少なかった

しかし、ガラは周囲の称賛を集めると同時に、恐れと憧れが入り混じった感情で見られてもいました。

当時の男性優位社会の中で、ガラの味方になる女性も多くはありませんでした。アメリカ人コレクターのペギー・グッゲンハイム(グッゲンハイム家の娘)は、自らの回想録でガラについて「格好いい」が、「わざとらしくて共感できない」と書いています。

今回のガラ展のキュレーターでマドリード・コンプルテンセ大学の美術史家、エストレージャ・デ・ディエゴ教授によれば、ガラのことを「守銭奴」とののしる者さえいました

けれどディエゴ氏は、もしもガラが金銭で動く人間だったら、エリュアールとの華やかなパリ生活を捨てて、小さな村に住む若い画家の元になど走るだろうか? と首をかしげます。

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Image via Getty Images

元祖ソーシャライト。ディオールやスキャパレッリにも愛されて

今回、展示されているガラにちなむ品々315点の一部は、ダリが贈ったプボルの城にあったもの。エルザ・スキャパレッリがデザインしたハイヒール形の帽子をかぶったり、クリスチャン・ディオールら有名デザイナーの服を着て、ファッションアイコンでもあったガラの一面が垣間見えます。

ディエゴ教授によると、ダリ夫妻の絆は、歳を老いるほどさらに離れがたいものとなり、2人は死と向き合うことに苦しみました。ガラは1982年に亡くなり、夫ダリがチェス盤に似せてデザインした、プボルの墓に葬られます。

ダリはその横に自分の墓を建ててありましたが、2年後、城の寝室が火に飲み込まれてやけどを負い、プボルを去ります。ガラの死から7年後、1989年に亡くなったダリは、郷里のフィゲラスにある自らの美術館に葬られています。

女性にとってほとんど居場所のなかったシュルレアリスムの芸術運動。ディエゴ教授によれば、リーダー格だったアンドレ・ブレトンは、女性はシュルレアリストであることと母親であることを両立させることはできない、とまで宣言しました。そのなかで、ガラがいかに自分の居場所を見つけたのかという点に、今回の展覧会は迫っています

ガラはシュルレアリストたちの集会に出席し、スケッチセッションや実験的イベントに参加し、自らもシュルレアルなオブジェ作品を制作しました。しかし、現在も残っている彼女の作品は写真だけです。

また今回は、1939年のニューヨーク万博のためにダリが制作した初期のインスタレーション作品『ヴィーナスの夢』などの制作に加わるガラの写真数点も展示されています。

もしも、ガラが小説を書いていたら……

ガラは幼いころに親しんだ文学への情熱も追求していました。詩人ルネ・クルヴェルは、ガラが小説を書こうとしていたことに触れています。ガラの小説が発表されることはなく、原稿も見つかっていません。けれどプボルの城で発見された日記に、彼女はロシアで過ごした幼少期について書き残しています。

ガラ・サルバドール・ダリ財団のジョルディ・アルティガス・カデナ氏いわく、ガラはプボルの城を、失われたロシアでの幼少時代を懐かしむ女性のための、静寂と郷愁に包まれた場所にしたがってたそうです。

プボルの城の人里離れたロケーションと草花に囲まれた環境は、ガラのお気に入りだったに違いありません。ダリは城の中にガラに捧げる装飾を施し、天井にはガラのイニシャルである「G」をかたどった紋章を入れました。すべての部屋から「人生を進み、物事を成し遂げる上で、2人が互いを必要としていたことがはっきりと分かります」。

ガラの功績は、夫ダリには及ばなかったかもしれません。けれど今回、バルセロナでの展覧会は、ガラとダリをより対等な立場に置いて見ています。ディエゴ教授は、他のシュルレアリストを導いた力としてもガラを評価すべきだ、と語ります。

「彼女は自分が、自らと他者のために何を欲しているのか、はっきりと分かっていた女性なのです」

© 2018 The New York Times News Service[原文:Gala Dali’s Life Wasn’t Quite Surreal, but It Was Pretty Strange/執筆:Raphael Minder](翻訳:Tomoko.A)

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